ミュージック・ファニチャー
FM福岡にて毎週金曜日午後1時から生放送
お相手 TOMOMI、企画、選曲、構成 岩下好輝、大薗哲夫
提供 太陽家具
さまざまな特集により、音楽の素晴らしさ、楽しさを味わって頂きたいと願っている番組。
【特集】 The Producers (15)〜Robert John "Mutt" Lange B
80年代以降いくつものメガ・ヒット・アルバムを手がけている
ロバート・ジョン・マット・ラングの第3回。80年代後半から90年代初期の代表作品から。
●Love Bites/Def Leppard
81年の「ハイ・アンド・ドライ」、全米で1000万枚を超す大ヒットとなった
83年の「炎のターゲット Pyromania」に続いてロバート・ジョン・マット・ラングが
3作連続でプロデュースにあたったのがデフ・レパードの87年の「ヒステリア」。
次々とヒット・シングルを生み、ロング・セラーになったこのアルバムは
「炎のターゲット Pyromania」を超える1200万枚という驚異的な売り上げを記録した。
この大ヒットに大きく貢献した全米1位を獲得したバラード・ヒット。
●明日へのハイウェイGet Outta My Dreams, Get Into My Car/Billy Ocean
西インド諸島トリニダッド出身のビリー・オーシャンとは85年のヒット
「ゲット・タフ When The Going Gets Tough, The Tough Get Going」で共作、
総合プロデュースも担当していたロバート・ジョン・マット・ラング。
88年には「明日へのハイウェイ Get Outta My Dreams, Get Into My Car」を
手掛けてビリー・オーシャンに3度目の全米No.1をもたらした。
「二人で一緒にアイデアを出しながら作りあげられるので、
彼との仕事はプレッシャーが軽くなり、創造力が刺激される。」と
ビリー・オーシャンはロバート・ジョン・マット・ラングとの制作について語っている。
●アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー (Everyhing I Do) I Do It For You/Bryan Adams
91年にはブライアン・アダムスのアルバム「ウェイキング・アップ・ザ・ルイバーズ」を担当。
5曲のシングル・ヒットを生み、400万枚をアメリカだけで売り上げた。
このアルバムに先駆けてシングル・ヒットした映画
「ロビン・フッド Robin Hood : The Prince Of Thieves」の主題歌
「アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー (Everyhing I Do) I Do It For You」は
世界21カ国で1位を獲得する90年代屈指の世界的な大ヒットになった。
●バット・アイ・ライド Said I Loved You...But I Lied/Michael Bolton
80年代後半から出すアルバムが軒並みアメリカで大ヒットを記録していたマイケル・ボルトン。
「自分と同じようなバックグラウンドを持ち、徹底した完璧主義者の彼との作業によって
新しい音楽性と方向性がもたらされた。」と彼が語る93年のアルバム
「ザ・ワン・シング」では共同でプロデュースを担当。
アメリカで300万枚を売り上げたこのアルバムからのヒット・シングル。
【特集】 Diamonds Collection (13)
全米のみで1000万枚以上のセールスを記録したダイアモンド・ディスクを紹介するシリーズ。
●It's Too Late/Carole King
先月、70年代の未発表ライヴ音源を加えた2枚組レガシー・エディションも
日本発売された71年発表のアルバム「つづれおり Tapestry」。
60年代にニューヨークで夫のジェリー・ゴフィンとコンビを組んで多くのヒット・ソングを書いて
活躍していたキャロル・キングだったが、ビートルズの登場により、
アーティスト自らが曲を書き、演奏するのが主流になる時代へと変わり、
またジェリー・ゴフィンとの結婚生活も破綻するなど公私ともに辛い時期を迎えていた。
カリフォルニアへと活動拠点を移してシンガー=ソングライターとして再出発をはかり、
ソロ2枚目のこのアルバムの大ヒットによってシンガー=ソングライター・ブームの中心人物となった。
71年6月に全米アルバム・チャートの頂点に立つと15週間その位置をキープ。
史上5位の302週間にわたってランク・インする歴史的なロング・セラーとなった。
その口火を切ったのは「空が落ちてくる I Feel The Earth Move」と両面ヒットを記録。
彼女にパフォーマーとしても初の全米No.1ヒットをもたらし、
グラミー賞でも最優秀レコードに選ばれたこの曲だった。
●Will You Love Me Tomorrow?/Carole King
キャロル・キングのヴォーカルとピアノ演奏を中心に彼女が書き下ろした曲を
パーソナルな感覚で、聞き手にアピールするという手法がとられたこのアルバムからは
2曲の両面ヒットが生まれたが、それ以外の曲も後に多くのアーティスト達によって
カヴァーされていった。時代を超えて名盤として語り継がれるこのアルバムの
現在までのアメリカでのセールスは1000万枚。
「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロウ」はキャロル・キングがジェリー・ゴフィンと書いた曲で
61年にシュレルズが歌って全米1位を獲得したもののセルフ・リメイク。
●きみの友だち You've Got A Friend/James Taylor
キャロル・キングの「つづれおり Tapestry」にも参加していたジェイムス・テイラーも
シンガー=ソングライター・ブームの牽引者となったアーティストで、
彼もダイアモンド・ディスクを持っている。76年に発表され、
全米アルバム・チャートでの最高位は23位だった「グレイティスト・ヒッツ」は
彼のワーナー時代の代表曲と3曲の未発表音源で構成されたもので、
これが90年代に入って急速にセールスを伸ばして96年に1100万枚にまで達している。
ここに収められた楽曲の中で最もヒットしたのが、
「きみの友だち You've Got A Friend」。「つづれおり Tapestry」の
レコーディング・セッションでこの曲をとても気に入っていた彼は
自らのアルバム「マッド・スライド・スリム」でキャロル・キングをゲストに録音し、
全米1位を獲得。作者のキャロル・キングにグラミー賞最優秀ソング賞をもたらした。
●Fire And Rain/James Taylor
もう1曲、このワーナー時代の代表曲をこの「グレイティスト・ヒッツ」から。
70年の「スウィート・ベイビー・ジェイムス」に収められ、彼の出世作にもなったナンバー。
【特集】 ロックの殿堂〜追悼 Bo Diddley
今週2日に79才で心不全のため永眠したボ・ディドリーはヒットを量産したり、
アルバムが大ベスト・セラーになるような華々しい活躍はしていない。
しかし、彼の特徴のあるジャングル・ビートはボ・ディドリー・ビートと呼ばれ、
バディ・ホリ−、ローリング・ストーンズ、ドアーズらからU2に至るまで
時代を超えて脈々と受け継がれている。
1928年12月30日ミシシッピ州マコーム生まれ。
幼い頃にシカゴへ移り住んだ彼はヴァイオリンを学びながらもブルースに影響され、
ギター演奏をするようになっていった。55年にレコード会社のオーディションに合格し、
レコード・デビュー。一弦のアフリカのギターの名であるとともに、
彼の芸名にもなった「ボ・ディドリー」というヒットを放って名をあげた。
もともとは大工や職人を目指していたという彼は自作でギターを作り、
改良を重ね、個性的なスタイルと音を追求していった。
ブルースとロックのどちらにも多大な影響を与え、
ロックンロールのパイオニアの一人として貢献した彼は
1987年にロックの殿堂入りを果たした。
●Bo Diddley/Bo Diddley
55年にR&Bチャートで1位を記録した彼の代表作。
ルーツであるアフリカのビートを使った自分のスタイルにこだわった彼らしい作品は、
現在もロックの基本スタイルのひとつとして受け継がれている。
●Who Do You Love?/Bo Diddley
サ・バンド、ドアーズ、カルロス・サンタナ等、ヒット曲ではないものの
多くのアーティスト達にカヴァーされている彼の代表作の一つで、
映画「ラ・バンバ」でも再録音ヴァージョンが印象的に使われていた。
今日は56年のオリジナル音源で。
●Say Man/Bo Diddley
彼のキャリアの中でポップ・チャートで最も成功を収めた59年のヒット。
バンドのメンバーでマラカスを担当するジェローム・グリーンと
かけあいによるノヴェルティ・テューン。
●Not Fade Away/Bo Diddley
本来はボ・ディドリー・ビートを用いた代表的な作品のひとつで、
バディ・ホリーが57年に作り、ローリング・ストーンズのカヴァーでも有名。
カーマイン・アピス (d)、ティム・ボガート (b)、エルヴィン・ビショップ (g)、
アルバート・リー (g)、ビリー・ジョエル (key)、ジョー・コッカー (vo)という
そうそうたるメンバーをバックに 76年に録音したもの。
【特集】 Warner Records 50th AnniversaryA
50周年を今年迎えたワーナー・レコード特集。
1958年にワーナー映画の子会社として発足したワーナー・レコードは、
最初は映画と密接な関係を持ってレコードを発売した。
ワーナー映画は当時全盛期を迎えていたテレビ映画も積極的に制作し、ヒット作を出した。
そのテレビで人気を獲得した俳優に唄を歌わせ、ワーナー・レコードから発売した。
それらのレコードは優れたプロデューサー、伴奏者などを配し、
魅力に溢れた作品を作ったが、なかなかビッグ・ヒットには結びつかなかった。
第2回は1960年代のヒットから。
●Cathy's Clown /The Everly Brothers
ワーナー・レコードから初めての全米No.1ヒットが生まれたのは、
会社発足から2年後の1960年。57年から活躍をはじめケイデンス・レコードの
トップ・スターとして多くのヒットを出していたエヴァリー・ブラザーズを
ワーナー・レコードのヒットを作るという方針の下、高い契約金を払って獲得。
その期待に応えた彼らのワーナーでの初ヒット「キャシーズ・クラウン」は大ヒットとなった。
これをきっかけに会社に勢いがついたワーナーはこの1960年には
コニー・スティーヴンスの「シックスティーン・リーズンズ」、
ボブ・ルーマンの「今日を生きよう」といったトップ10ヒットを生み出した。
●内気なジョニー Johnny Get Angry/Joanie Sommers
ジャズも歌える本格派シンガーでもあるジョニー・ソマーズは「ワン・ボーイ」や
日本語で歌った「すてきなメモリー」などで日本でも人気があった。
アメリカでの代表ヒットは1962年に全米トップ10ヒットになった「内気なジョニー」。
これも日本で大ヒットになっている。
●悲しき雨音 Rhythm Of The Rain/The Cascades
ワーナー・レコードはインディながら、ハイ・センスな作品を発売していた
ヴァリアント・レコードに注目し、配給権を手に入れ、後には買収した。
ヴァリアント・レコードは日本ではワーナー・レーベルで発売された。
このヴァリアント・レコードから1963年に全米3位を記録したナンバーが、
日本における初期ワーナー・レコードの最大のヒットになった。
●肩に天使 Angel On My Shoulder/Shelby Flint
ヴァリアント・レコードは自らもバリー&タマレーンズのメンバーとしてヒットを放った
バリー・ディヴォーゾンが設立した会社で、アレンジャー、プロデューサーの
ペリー・ボトキン・ジュニアと組んで、斬新なサウンドを創り出した。
カスケイズをはじめこのレーベルの作品の多くはこのコンビが生み出している。
印象的なフォーク・ロック・スタイルで注目されたシェルビー・フリントの
61年のヒット「肩に天使」もその一つだった。
●恋の59号通りThe 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)/Harpers Bizarre
今日最後は初期ワーナーを象徴するような、ワーナー・サウンドを。
1967年にポール・サイモンが書いた「恋の59号通り」。
本家のサイモン&ガーファンクルを押さえて全米13位のヒットにしたのは
ハーパーズ・ビザール。この曲はレニー・ワロンカーがプロデュース、
レオン・ラッセルがアレンジを担当。この曲を含むハーパーズ・ビザールのアルバムでは
アレンジャーにレオン・ラッセルの他、ペリー・ボトキン・ジュニア、ランディ・ニューマンなどを起用、
ヴァン・ダイク・パークスなどの曲を取り上げるなど、ワーナーが目ざした、
優れたスタッフ起用がはっきり現れた。ハーパーズ・ビザール解散後、
メンバーのテッド・テンプルマンはプロデューサーに転向、ワーナーの黄金時代を
築くことになるドゥービー・ブラザーズやヴァン・ヘイレンを手掛けることになる。
【特集】 The Producers (14)〜ロバート・ジョン・マット・ラング A
80年代以降メガ・ヒット・アルバムを手がけているロバート・ジョン・マット・ラングの第2回。
70年代中頃からプロデューサーとして活動を始め、80年代初期にAC/DCを
世界的な人気グループへと導くことに成功し、彼もトップ・プロデューサーとしての名声を得た。
●ガール・ライク・ユー Waiting For A Girl Like You/Foreigner
81年に発表した通算4枚目のアルバムで、彼らにとって初の全米1位を記録。
600万枚を売り上げる大ヒット作となった「4」はメンバーのミック・ジョーンズと共に
ロバート・ジョン・マット・ラングがプロデュースにあたった。5曲のシングル・ヒットを生んだ
このアルバムから最大のヒットになったのはそれまでの彼らになかったバラード・ヒットだった。
●ゲット・イット・アップ Let's Get It Up/AC/DC
バンドの長所をうまく引き出してくれたとメンバー達も絶賛する手腕で大ットを記録した
「バック・イン・ブラック」に続く81年の「悪魔の招待状 For Those About To Rock We Salute Youl」も
ロバート・ジョン・マット・ラングが引き続いて担当。彼らにとって初の全米制覇を達成し、
400万枚を全米で売り上げた。このアルバムから日本でもシングル・ヒットしたナンバー。
●Photograph/Def Leppard
81年のセカンド・アルバム「ハイ・アンド・ドライ」で依頼を受けて
初めてデフ・レパードを手掛けたロバート・ジョン・マット・ラング。
アメリカでまずまずの成果を収め、続いて83年の「炎のターゲット Pyromania」でも
彼らと仕事をした。前作は2ヶ月ほどの制作期間だったが、今回は1年近くをかけて綿密に制作されている。
その結果、生まれたメロディアスでありながらもアンサンブルを工夫したぶ厚い音は
80年代のハード・ロックの典型ともいえるサウンドを確立。
全米最高2位、1000万枚を超すセールスを上げ、彼らをスター・グループに押し上げた。
このアルバムからのファースト・ヒット。
●Drive/The Cars
78年にデビューするとニュー・ウェイヴ・ムーヴメントの中、すぐにブレイクし、
人気グループとなっていたカーズだったが、80年代に入って
アルバム・セールスが頭打ちになっていた。これを打破すべく
共同プロデューサーとして投入されたロバート・ジョン・マット・ラングは
84年の5作目゜ハートビート・シティ」で見事に彼らを再生。
完成まで8ヶ月にも及んだという徹底した緻密なスタジオ・ワークを経て
作り出されたこの作品からは、5曲のシングル・ヒットを生み、
アルバム・セールスは全米のみで400万枚という実績を上げた。
このアルバムから彼らの最大のシングル・ヒットになった作品。
【特集】 追悼 エディ・アーノルド
先週8日に89才で永眠したエディ・アーノルドはザ・テネシー・プロウボーイと呼ばれた
アメリカのポピュラー音楽史に残る大スターの一人。
1945年から99年までにカントリー・チャートに送り込んだヒットは史上2位の146曲。
92曲のトップ10、1位滞在通算145週というのは史上1位の大記録で
1966年にはカントリーの殿堂入りを果たしている。
1918年5月15日テネシー州マディソンヴィル生まれ。
10才の頃から父親が買い与えてくれたギターを演奏。
1934年にはメンフィスで自らのラジオ・ショウを持つローカル・スターとなった。
1940年からピー・ウィー・キングのゴールデン・ウエイスト・カウボーイズの
リード・シンガーを務めた後、44年にソロ・デビュー。
モダンなセンスのサウンドでカントリーをより広い層にアピールすることに成功し、
スターの座に就くと以後、得意としたバラードを中心にヒットを出し続けた。
●Molly Darling/エディ・アーノルド
戦後間もない日本で人気を博したという48年のヒット。
もともとは1871年に作られた古い歌。日本では唱歌「冬の星座」としても知られている。
●バラの花束 Bouquet Of Roses/エディ・アーノルド
本国での彼の代表曲のひとつ。1948年カントリー・チャートで
史上6位の19週間にもわたって1位を記録。
54週間にわたるオン・チャートは史上1位。
●知りたくないの I Really Don't Want To Know/エディ・アーノルド
トミー・エドワーズ、エルヴィス・プレスリー等、多くのアーティストがとりあげて
ヒットさせた名曲はドン・ロバートソンが作曲、ハワード・バーンズが作詞。
エディ・アーノルドは作品が世に出て間もない54年にとりあげて
カントリー・チャートでヒットさせた。
●想い出のバラード Make The World Go Away/エディ・アーノルド
60年代の代表ヒットはポップ・カントリーといわれた当時の
ナッシュヴィル・サウンドのスタイルでのぞんだ65年の
「想い出のバラード Make The World Go Away」。
63年のレイ・プライスのヒットをカヴァーしたこのナンバーは、
総合チャートでも6位を記録する大ヒットとなった。
●The Cattle Call/LeAnn Rimes with エディ・アーノルド
彼のテーマ・ソングと呼ばれる作品で、彼が憧れたジミー・ロジャースのような
ヨーデルを聴かせる。デビュー直後の45年に最初に録音。
55年に映画「ケンタッキー人」に使われた再録音盤がヒットした。
今日は96年のリアン・ライムスのアルバム「ブルー」でゲストとしてデュエットした録音を。
当時のリアン・ライムスは14才、エディ・アーノルドは78才。
【特集】 U.S. Radio Hits (29)
全米トップ40ヒットで構成するシリーズ。
第29回は1991年から94年までのヒットから。
●(Meet)The Flintstones/BC-52's
アメリカの人気アニメ「原始家族」を実写映画化した「フリントストーン/モダン石器時代」のテーマ。
70年代後半から楽しくユニークなサウンドをセールス・ポイントに活躍していた個性派ポップ・グループ、
B−52’sが映画の設定時代に合わせてグループ名を変えて放った94年のヒット。
●That's What Love Can Do/Boy Krazy
ニューヨークで結成された女性4人組の初ヒット。
カイリー・ミノーグ。デッド・オア・アライヴ、リック・アストリーらを手掛け
一世風靡したストック=エイトキン=ウォーターマンのプロデュース・ティームによる作品。
●愛がすべて Love... Thy Will Be Done/Martika
全米1位を記録した「トイ・ソルジャー」以来のトップ10入りを果たした
91年のヒットは彼女がプリンスと共作した作品。
●What Becomes Of The Broken Hearted/Paul Young
映画「フライド・グリーン・トマト」の主題歌は66年にジミー・ラフィンでヒットした
モータウン・クラシックのカヴァー。92年にアダルト・コンテンポラリー・チャートでは1位を記録した。
【特集】 ネヴァーストアを迎えて
●Stay Forever/Neverstore
8年前にスウェーデンのシェデブという街で結成。
メンバーはヴォーカル、ギターのジェイコブ・ウィデン、ドラムのエリック・ランツ、
ベースのオスカー・ケンペの3人。
2007年に本国でデビュー・アルバム「セヴンハンドレッド・サンデイズ」を発表。
MTV ヨーロッパ・アゥオーズでベスト・スウェディッシュ・アクトに選ばれるなど
順調にキャリアをスタートさせた彼らは今年の2月には日本でもアルバム・デビューを飾った。
●So Much Of Not Enough/Neverstore
本国におけるアルバムからのファースト・シングル。ジェイコブ・ウィデンの推薦曲。
●Racer/Neverstore
デビュー・アルバム「セヴンハンドレッド・サンデイズ」よりオスカー・ケンペの推薦曲。
【特集】 ロックの殿堂〜 Neverstore編
ロックの殿堂入りしたアーティストの中から、ネヴァーストアに、影響を受けたり、
想い出の多い、好きなアーティストを選んでもらった。選曲も彼ら。
●Don't Stop Me Now/Queen
1971年ロンドンで結成。2001年に殿堂入り。79年のヒット。
●I Want You/Bob Dylan
1941年5月24日ミネソタ州生まれ。1988年に殿堂入り。1966年のヒット。
●Anarchy In The U.K./The Sex Pistols
ジョニー・ロットン、スティーヴ・ジョーンズ、グレン・マトロック、ポール・クックにより1975年に結成。
2006年に殿堂入り。「アナーキー・イン・ザ・U.K.」は76年に発表された彼らのデビュー曲。
この時点ではシド・ヴィシャスはまだ加入していなかった。
【特集】 Warner Records 50th Anniversary @
大ヒットした映画「ALWAYS〜三丁目の夕日」は今から50年前の日本を描いた映画。
第二次世界大戦が終わって13年。敗戦国の日本は復興途上で、ものはなく、貧しかった。
しかし、人々は明るい未来を夢みて、希望を失わなかった。
特に娯楽が少なかった中で、ラジオは最も手軽な楽しみだった。
そしてラジオから流れる音楽は人々に勇気を与えた。
一方、戦勝国アメリカは戦争中にも音楽を楽しむ余裕があり、
まだ日本が貧しかった1958年ごろにはロックン・ロールという若者たちに支持された
新しい音楽も誕生。このヤング・カルチャーの台頭を背景に、新しいレコード会社も生まれていった。
そんな1つがワーナー映画の子会社としてスタートし、今年で50周年を迎えたワーナー・レコード。
日本にワーナー・レコードが登場したのは1960年。この頃から日本もようやく、
復興に拍車がかかり、1959年に今の天皇陛下が結婚され、そのパレードの模様を見ようと
テレビが普及。更に1964年の東京オリンピック開催により、テレビの販売数は急増した。
日本でテレビの放送が始まったのは1953年。この時のテレビ数は東京で100台ほど。
5年後の1958年、テレビの数は100万台。1962年には1000万台突破。普及率はあっという間に48.5%にも達した。
このころテレビで外国ドラマがブームになり、ワーナー映画制作のドラマも評判作となった。
そして、その音楽や、ドラマに出演やしている俳優に歌を歌わせ、
新しくスタートさせたワーナー・レコードから発売していた。
ワーナー・レコード50周年記念特集。第1回はテレビ・スター達の歌を集めて。
●Kookie, Kookie (Lend Me Your Comb) /Edward Byrnes and Connie Stevens
日本では1960年から放送が始まった「サンセット77」は探偵の物語。
このドラマの中で駐車場で仕事をしていた若者が、いつも櫛で金髪をかき上げていた
エド・バーンズ扮するクーキー。その仕草が話題となり、レコードを出すことになった。
女優のコニー・スティーヴンスと共演した「クーキー・クーキー」は1959年に全米4位の大ヒットになった。
●恋の渚 Beach Time/Roger Smith
「サンセット77」で探偵のジェフ・スペンサーに扮したのがロジャー・スミス。
彼もレコードを出してヒットさせた。アメリカでは59年に最高64位だったが、
日本ではトップ10入りするほどの人気を集めた。
●恋のパーム・スプリングス Live Young/Troy Donahue
1961年からスタートした犯罪捜査もののドラマ「サーフサイド6」。
このドラマで人気を獲得したのがトロイ・ドナヒュー。
その人気から主題曲「夏の日の恋」も有名な「避暑地の出来事」等の劇場映画にも主役で出るようになった。
主題歌まで歌って評判になった「パーム・スプリングスの週末」から。
●戦場の恋 My Heart Belongs To You/Eddie Fontaine
「コンバット」とならんで1963年にスタートしたのが「ギャラント・メン」。
ピート・ディアンジェロ役で出演していたエディ・フェンテーンが歌い、日本でヒットしたドラマのテーマ曲。
●I Believe/Clint Walker
テレビ初期には西部劇ブームが起きた。「ローハイド」、「ララミー牧場」、
「ガンスモーク」、「ライフルマン」、「西部のパラディン」、「ブロンコ」、
「ボナンザ」などヒットした西部劇は多い。そんな中でワーナー映画が送りこんだのが「シャイアン」。
主役のシャイアンを演じたのはClint Walker。アルバムも出した彼の歌で。
【特集】 注目のRock Instrumental
●Tamacun/Rodrigo y Gabriela
今年のフジ・ロック・フェスティヴァルへの出演も予定されている
ロドリーゴ・サンチェスとガブリエラ・クィンテロのメキシコの男女2人よるユニット。
もともとはスラッシュ・メタルのバンドで活動していたが、新しい音楽性を求め、
全く未知の土地だったというアイルランドのダブリンへ旅立ち
ここを拠点に2人で活動を始めた。地道な演奏活動はやがて評判となり、
活動の舞台はヨーロッパ大陸へと拡がっていった。
5年前にインディ・レーベルからアルバム・デビュー。
フラメンコ、ロック、フォークなどをミックスしたアコースティック・ギター2本での
個性豊かな音楽と壮絶なテクニックによる彼らの演奏は、世界的に注目を集めはじめている。
先月、日本でもデビューを果たした彼らの最新作「激情ギターラ!」より。
●Diblo Rojo/Rodrigo y Gabriela
エンジニア、プロデューサーとしてピンク・フロイド、ジョン・レノン、
シンプル・マインズ、レイディオヘッド、ニュー・オーダーらと仕事をしてきた
ジョン・レッキーを共同プロデューサーに迎えて制作されたアルバム「激情ギターラ!」から
もう1曲。デンマークのコペンハーゲンでジェットコースターに乗っているときにひらめいたという曲。
「赤い悪魔」というタイトルはそのジェットコースターの名。
●I Need Strange/Chad Smith and the Bombastic Meatbats
現在はグループ活動が小休止状態のレッド・ホット・チリ・ペッパーズ。
しかし、人気ドラマーのチャド・スミスは、サミー・ヘイガー、マイケル・アンソニー、
ジョー・サトリアーニらによるスーパー・グループ、チキンフットや元ディープ・パープルの
グレン・ヒューズのアルバム等に参加するなど精力的に活動中。
その彼が3人の若手ミュージシャンと結成したインストゥルメンタル・プロジェクトが
チャド・スミス&ザ・ボンバスティック・ミートバッツ。ロック、ソウル、ファンク、フュージョンといった
要素が混ざりあったそのサウンドは来週から行われる日本公演で披露される。
ライヴ会場で販売される予定のCDから。
●The Battle For Ventura Blvd./Chad Smith and the Bombastic Meatbats
チャド・スミス&ザ・ボンバスティック・ミートバッツは4月27日(日)18時より
福岡市中洲の Gate's 7にて福岡公演も行う。チケットは7200円で発売中。これも会場限定販売のCDより。
【特集】 Daydream Believerを歌いたい
時代を超えて日本でも人気の高い洋楽曲の一つ。
1967年にモンキーズで全米No.1を記録。その後も世界の多くのアーティストに歌われ続けている。
この曲のカヴァーを集めて。
●デイドリーム Daydream Believer/Pat McGlynn's Scotties
短期間ながら絶頂期のベイ・シティ・ローラーズに在籍し、
日本で人気を集めたパット・マッグリンが脱退後に発表し、日本独自にヒットしたシングルの一つ。
モンキーズ以来11年ぶりに日本でこの曲がヒットしたことで、若い世代にも認知されることとなった。
これから2年後には60年代に放送されたTV番組「モンキーズ」が日本で再放送され、
モンキーズ・ブームが起こるとコマーシャル・ソングにも使われた「デイドリーム・ビリーヴァー」は
リヴァイヴァル・ヒットを記録。この後もモンキーズ盤は日本では89年、96年にも再ヒット。
アメリカでも86年に彼らが再結成されるとリミックス・ヴァージョンがヒット・チャートにランク・インした。
●Daydream Believer/Anne Murray & Nelly Furtado
1980年に全米チャートでモンキーズ以来のヒットになったのがカナダの人気歌手、
アン・マレーによるカヴァー。アダルト・コンテンポラリー・チャートではNo.1を記録した。
このヒットをアン・マレー は先月、日本でも発売された「フレンズ・アンド・レジェンズ」という
有名女性歌手達とのデュエット・アルバムでネリー・ファータドを相手にして再び取り上げた。
今日はその再録音ヴァージョンで。
●Daydream Believer/Mary Beth Maziarz
21世紀に入ってもこの曲は歌い継がれている。
アメリカで人気を集めたTVドラマ・シリーズ「ドーソンズ・クリーク」に
その楽曲が多く使われているシンガー=ソングライター、メアリー・ベス・マジアズによる
スロー・バラード・アレンジでのカヴァー。
●Daydream Believer/John Stewart
最後はこの曲の作者本人の歌で。今年1月19日に68才で永眠した
ジョン・ステュワートが1971年に発表した「ザ・ロンサム・ピッカー・ライズ・アゲイン」という
アルバムに収められたセルフ・カヴァー。
【特集】 Hits In Japan Only (14) 〜 1978年のDISCO HITS編
英米のヒット・チャートに全く登場せず、日本独自にヒットした曲を集めての特集。
今回は「サタデイ・ナイト・フィーヴァー」」の大ヒットが世界に波及し、
ディスコ・ブームのピークとなった1978年に日本のダンス・フロアで人気を集めたナンバーから。
●1-2-3-4 Gimme Some More/D.D. Sound
D.D.とはディスコ・デリヴァリーを略したもの。
ラ・ビォンダというグループでも作品を発表していたイタリアの兄弟プロデュース・コンビが
スタジオ・ミュージシャンを集めて作ったナンバー。
年間チャートで10位にランク・インするほどの大ヒット。
●恋するマッチョ Macho/Celi Bee & The Buzzy Bunch
プエルトリコ出身のグループ。77年にアメリカでは「スーパーマン」というヒットを放った。
日本では年間24位を記録したこのナンバーが唯一のヒット。
●Wanted/Cosmic Gal
当時、日本で大人気だったピンク・レディのヒット曲をディスコ・アレンジでとりあげた
西ドイツのスタジオ・プロジェクト。このヒットに続いてもピンク・レディ作品をとりあげたが、
この1曲だけのヒットに終わった。
●Hello Mr. Monkey/Arabesque
日本では絶大な人気を誇り、82年までにリリースした15枚のシングルは
全てヒットするという驚異的な成功を収めた西ドイツの女性グループ。
その中でも最大のヒットになったのが年間3位を記録したこの初ヒット。
●Lalabye/D-R-U-M
アメリカのソウル/ディスコのエッセンスを取り入れたイギリスの
スタジオ・ミュージシャン達によるグループ。5万枚を売り上げるヒットになった。
【特集】 The Producers (13)〜Robert John "Mutt" Lange @
80年代以降メガ・ヒット・アルバムを多く手がけているロバート・ジョン・マット・ラングの第1回。
現在はザンビアとなっている北ローデシアで1948年に生まれた彼は
カントリー音楽を聴きながら育ち、ハイ・スクール時代からギタリストとして
バンド活動をしていた。70年代初期にイギリスにわたり、
70年代中頃からプロデューサーとして活動を始めている。
●君のナンバー5.7.0.5. 5.7.0.5./City Boy
ロバート・ジョン・マット・ラングが頭角を現してきた頃の作品から。
76年のデビュー・アルバムから彼がプロデュースを手がけていたイギリスの6人組。
78年にイギリスでトップ10、アメリカでもトップ40入りしたナンバー。
●Rat Trap/The Boomtown Rats
ボブ・ゲルドフを中心としたブームタウン・ラッツが78年に放った全英No.1ヒット。
同時にアイルランドのロック・バンドとして初、そして最初のニュー・ウェイヴ・バンドによる
イギリスでの1位獲得曲ともいわれている。
●地獄のハイウェイ Highway To Hell/AC/DC
オーストラリアから世界的な人気グループへとステップ・アップを計っていた
AC/DCと新進気鋭のプロデューサーとして注目を浴び始めていた
ロバート・ジョン・マット・ラングが初めてタッグを組んだのが
79年のアルバム「地獄のハイウェイ Highway To Hell」。
両者にとって出世作となり大きな成果をもたらした。現在も売れ続け、
アメリカだけで700万枚というセールスをあげているこのアルバムからのタイトル・テューン。
●Back In Black/AC/DC
「地獄のハイウェイ Highway To Hell」でスターダムにのし上がったAC/DCだったが、
リード・シンガーのボン・スコットが急死するという悲劇で一転して非常事態に追い込まれた。
しかし、ブライアン・ジョンソンを後釜に据えて再びロバート・ジョン・マット・ラングと制作した
「バック・イン・ブラック」を80年に発表。このアルバムは彼ら及びロバート・ジョン・マット・ラングにとって
最大のヒット作となった。去年の暮れにそのアメリカでのセールスは
史上5位にあたる2200万枚に達した。
【特集】 U.S. Radio Hits (28)
全米トップ40ヒットで構成するシリーズ。
第28回は1971年から74年までのヒットから。
●Sugar Baby Love/The Rubettes
当時のオールディーズ・リヴァイヴァルの機運に乗じて
74年にロンドンでスタジオ・ミュージシャン達を集めて録音されたナンバー。
イギリス、日本では大ヒットを記録。彼らはそのままグループを結成し、
日本、イギリスでは続けてヒットを出していった。アメリカではこれが唯一のトップ40ヒット。
●チピ・チピ天国 Chirpy Chirpy Cheep Cheep/Mac & Katie Kissoon
71年にイギリスでは競作となったミドル・オヴ・ザ・ロードのレコードが
1位を記録したのに対して、この兄妹コンビの方は41位とふるわなかった。
アメリカでも他のアーティストと競作となったがこのマック&ケイティ盤が最もヒットした。
●Ooh Baby/Gilbert O'Sullivan
「アローン・アゲイン」や「クレア」等のヒットで日本では世代を超えて
人気のあるアイルランドのシンガー=ソングライター。
通算5曲目の全米トップ40ヒットになったこの曲は日本でも73年にヒットした。
●Back Off Boogaloo/Ringo Starr
ジョージ・ハリスンがプロデュースとスライド・ギターを担当。
ゲイリー・ライトがキーボードで参加した72年の作品。
友人だったT・レックスのマーク・ボランと食事をした時の会話で
耳に残った言葉からひらめいて生まれたという。
イギリス、アメリカともにトップ10ヒットになった。
【特集】 Diamonds Collection (12)
全米のみで1000万枚以上のセールスを記録したDiamond discを紹介するシリーズ。
●My Heart Will Go On/Celine Dion
97年の年末に封切られた「タイタニック」は全米興行収入6億ドル、
全世界興行収入は18億3500万ドルの映画史上最高の興行収入を記録した。
サウンドトラック・アルバムはジェイムス・ホーナーが書いたスコアでほぼ占められていたが、
それでも映画の感動を音楽から再び味わいたいという多くの観客に支持され、
映画公開とほぼ同時に大ヒットを記録。98年1月にはこの映画の愛のテーマを歌った
セリーヌ・ディオンの当時の最新作「レッツ・トーク・アバウト・ラヴ」を抜いて
全米アルバム・チャートのトップに立ち、16週連続でその座を守った。
その間にサウンドトラックからセリーヌ・ディオンの
「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」も全米1位を記録した。
●Southampton/James Horner
その現象ともいえる短期間での爆発的なセールスぶりには目をみはるものがある。
98年1月14日に100万枚を超えると2月末までの1ヶ月半で700万枚を売り、
発売からほぼ半年経った4月後半には1000万枚を突破した。
サウンドトラックよりジェイムス・ホーナーのスコアで人気の高いナンバー。
●(I've Had )The Time Of My Life/Bill Medley and Jennifer Warnes
「タイタニック」をさかのぼること10年。アメリカでは驚異的な成功を収めた
映画のサウンドトラック・アルバムがあった。「タイタニック」の16週間を上回る
史上12位の通算18週間1位を全米アルバム・チャートで記録した「ダーティ・ダンシング」。
パトリック・スウェイジ。ジェニファー・グレイが主演した60年代のアメリカを舞台にした
ラヴ・ロマンスを描いたこの映画は87年の8月の終わりに公開された。
ロネッツの「あたしのベビー Be My Baby」, ファイヴ・サテンズの「イン・ザ・スティル・オヴ・ザ・ナイト」、
ブルース・チャンネルの「ヘイ・ベイビー」等のオールディーズ・ヒットと
新しく書き下ろされた新曲とが混ざり合ったサウンドトラックは
9月中旬にチャートに顔を出すと順調に上昇。登場9週目の11月14日付けで
1位に到達した。その原動力にもなったアルバムからのファースト・ヒット
「タイム・オヴ・マイ・ライフ」もアルバムに2週遅れたものの全米制覇を達成した。
●She's Like The Wind/Patrick Swayze featuring Wendy Fraser
発売4ヶ月で300万枚のセールスを突破。年が明けて「タイム・オヴ・マイ・ライフ」に続いて
アルバムからエリック・カルメンの「ハングリー・アイズ」と主演のパトリック・スウェイジが歌う
「シーズ・ライク・ザ・ウィンド」が同時にヒット・チャートを駆け上がり出すと
セールスは更に加速。2曲同時にトップ10にランクされる頃には
再びアルバム・チャートの1位に返り咲いた。
映画を彩ったオールディーズ・ナンバーを中心とした「モア・ダーティ・ダンシング」、
エリック・カルメン、ビル・メドレーらによるライヴ・トゥアーなど
関連する話題も続いたこともあり、その後も好調にセールスを伸ばし
88年の暮れには遂に1000万枚に達した。
「シーズ・ライク・ザ・ウィンド」はシングル・チャートで最高3位を記録。
【特集】 ロックの殿堂
3月10日にニューヨークで行われるセレモニーで正式に今年新たに
殿堂入りを果たす7組の内、残りの3組を紹介。
●Justify My Love/Madonna
マドンナ・ルイーズ・チコーネとして58年にミシガン州で誕生。
70年代後半からニューヨークで活動をはじめ、82年にメジャー・デビュー。
83年に入って人気に火がつくと驚異的な勢いでヒット曲を連発し、
80年代を代表するスーパー・スターとなった。
91年に全米1位を記録した「ジャスティファイ・マイ・ラヴ」は
まだ大きくブレイクする前のレニー・クラヴィッツが作曲、プロデュースを手がけ、
バック・ヴォーカルにも参加した。
●Music/Madonna
一過性の人気に終わらず、時流に呑みこまれることなく、
初ヒットから25年の間、ほとんどブランクがなくヒットを出し続けているというのは、
スターの中のスターといっても過言ではないほど。
常に今までやってきたこととは違うものに積極的にアプローチし、
新たな才能あるアーティスト達とコラボレイションしていくことも
トップ・スターとしての地位を長く保ち続けている要因。
来月、リリース予定のニュー・アルバム「ハード・キャンディ」でも
ジャスティン・ティンバーレイク、ファレル・ウィリアムス、
ティンバランドらの起用が伝えられている。
「ミュージック」は2000年に全米No.1を記録したナンバーで
フランスのDJ、ミルウェイズとコラボレイトしている。
●天使のささやき When Will I See You Again/Three Degrees
ノン・パフォーマー部門と去年までは呼ばれていたものが、
今回からアーメット・アーティガン・アウォードと名を改められることになった。
その部門での今年の殿堂入りの対象となったのが、
フィラディルフィア・サウンドで知られるソングライター、プロデューサー・ティームで
レコード会社のオーナーでもあったケニー・ギャンブルとレオン・ハフのコンビ。
60年代初期から地元のフィラディルフィアのカメオ/パークウェイ・レコードの
スタッフとして働き始め、やがてソングライター、プロデューサーとして
コンビを組んで活動していった。
60年代後半に倒産したカメオ/パークウェイのスタジオを買い取り、
シグマ・サウンド・スタジオと名付け、ここを根城に70年に
フィラディルフィア・インターナショナル・レコードを興すとオージェイズ、
ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツ、ルゥ・ロウルズ、
ビリー・ポールらを中心に次々とヒットを発信。
華麗でスマートなフィリー・ソウルは ディスコ・ブームともリンクして
70年代を象徴するサウンドのひとつにもなった。
ケニー・ギャンブルとレオン・ハフのコンビによるフィリー・サウンドの中で
本国以上に日本で人気があったのが、スリー・ディグリーズ。
アメリカでは彼女達の最大のヒットになった74年の
「天使のささやき When Will I See You Again」は日本でも大ヒットし、
日本語盤も発売された。
●Juke/Little Walter
サイドマン部門で殿堂入りを果たしたリトル・ウォルターは
40年代後半から50年代に活躍したブルース・ハーピスト。
アンプリファイド・ハープというアンプを通して電気的に増幅した
ハーモニカ・サウンドで有名になった。
1930年にルイジアナ生まれた彼は独学でハーモニカを覚え、
46年にシカゴへ出てマディ・ウォーターズらと活動した。
やがて自らもレコーディング・アーティストとしてヒットを出していった。
ジミー・ロジャース、メンフィス・ミニー、オーティス・ラッシュ、
ボ・ディドリー等の多くのセッションに参加。
また64年には彼のハープ・プレイを何度もレコードがすり切れるほど聴いて
学んだというミック・ジャガーの要請に応えてローリング・ストーンズのトゥアーにも参加した。
1968年、37歳の時に怪我で負った負傷が原因で帰らぬ人となった。
"Juke"は52年にR&BチャートでNo.1を記録した彼の代表ヒット。
【特集】 MONEY MAKERS in U.S.A. 2007
去年1年間のアメリカでのアルバム及び楽曲のダウンロード・セールスと
コンサートでのチケット収入などを集計して発表された
全米音楽マーケットで高収入をあげたアーティストのベスト10。
●Still The Same/Rod Stewart
10位はライヴ・トゥアーとそれに伴っての新旧のアルバム・セールス等で
6700万ドルを稼いだロッド・ステュワート。2002年から続いているカヴァー・アルバムの
第5弾「グレイト・ロック・クラシックス Still The Same...Great Rock Classics Of Our Time」より
ボブ・シーガーの78年のヒットをカヴァーしたもの。
9位は前年の5位からダウン。カントリー・トリオ、ラスカル・フラッツの6872万ドル。
8位は前年より100万ドルほど減らしたもののランクは1つ上がったセリーヌ・ディオン。
5年にわたったラス・ヴェガス公演で今回も安定した収入をあげて6898万ドルを稼いだ。
7位は前年の4位からダウンしたティム・マクグロウの6996万ドル。
続く6位も男性カントリー・シンガー、ケニー・チェズニーが前年の8位からアップ。
収入も約600万ドル上乗せして8100万ドルにまで達している。
●You Are Loved (Don't Give Up)/Josh Groban
5位は8200万ドルのジョシュ・グローバン。その大きな原動力は370万枚のセールスを上げ、
去年アメリカで最も売れたアルバムとなったクリスマス・アルバム「ノエル」によるもの。
その前の年に発売されたオリジナル・アルバム「アゥエイク」も200万枚売れ、
トータル・セールスに貢献した。この「アゥエイク」からのナンバー。
●Invisible Touch/Genesis
4位は再結成トゥアーが好評だったジェネシスの1億1300万ドル。
86年の大ヒット「インヴィジブル・タッチ」をライヴ・ヴァージョンで。
3位は去年の1位からダウン。1億1800万ドルのローリング・ストーンズ。
●What Goes Around...Comes Around/Justin Timberlake
2位はアルバム「フューチャー・セックス/ラヴ・サウンズ」が
大ヒットしたジャスティン・ティンバーレイクの1億3000万ドル。
6曲のトップ40ヒットを生んだこのアルバムから
先日のグラミー賞で獲得した最優秀男性ポップ歌手賞の対象楽曲になったナンバー。
●世界は悲しすぎる Driven Tears/The Police
1位は今月、日本公演も行ったポリス。主に再結成トゥアーで得たその収入は
2億ドルにものぼった。去年、話題になった地球温暖化防止を訴えるイヴェント、
「ライヴ・アース」での演奏で「世界は悲しすぎる Driven Tears」。
【特集】 U.S. Radio Hits (27)
全米トップ40ヒットで構成するシリーズ。
第27回は2000年から2003年までのヒットから。
●Don't Say You Love Me/M2M
当時16才のマリ・ラーセンと15才だったマリオン・レイヴンによるノルウェイの女性デュオ。
アニメ映画「ポケモン」のサウンドトラックから生まれた2000年のヒット・テューン。
●No Such Thing/John Mayer
ギタリストとしても高い評価を得ているコネティカット州出身の実力派シンガー=ソングライターの初ヒット。
全米のみで400万枚を売り上げた2001年発表のセカンド・アルバム「ルーム・フォー・スクェア」より。
●Start The Commotion/Wiseguys feat. Greg Nice
94年にイギリスで結成されたテクノ・ロック・ユニット。ヴェンチャーズの「ワイルド・チャイルド」を
サンプリングに使い、ナイス&スムースのグレッグ・ナイスをラッパーとしてフィーチャーした2001年のヒット。
●Where Is The Love/Black Eyed Peas feat. Justin Timberlake
ウィル・アイ・アムを中心にロスアンジェルスで1995年に結成されたヒップ・ホップ・グループ。
元ワイルド・オーキッドのファーギーを加えて発表した2003年のサード・アルバム
「エレファンク」からのこのヒットで一気にブレイクを果たした。
【特集】 Diamonds Collection (11)
全米のみで1000万枚以上のセールスを記録したダイアモンド・ディスクを紹介するシリーズ。
●With Or Without You/U2
去年、発売20周年を記念して未発表音源やシングルのB面曲などを収めた
ボーナス・ディスクと当時のライヴを収めたDVDを加えた3枚組デラックス・エディションも
発売されたU2の最大のヒット・アルバム「ヨシュア・トゥリー」は
彼らの5枚目のオリジナル・アルバムとして87年の春に発表された。
4作目にあたる84年の「焔 The Unforgettable Fire」で初めて一緒に仕事をした
ブライアン・イーノとダニエル・ラノワに再びプロデュースを委ねた
このアルバムは4月4日付けの全米アルバム・チャートに7位で初登場。
2週後には全米初制覇を果たした。5月16日付けでアルバムからの
ファースト・シングル「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」も1位を記録した頃には
アルバムは200万枚のセールスを突破していた。
●終りなき旅 I Still Haven't Found What I'm Looking For/U2
「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」に続いて8月には「終りなき旅
I Still Haven't Found What I'm Looking For」もNo.1ヒットとなり
更にセールスを伸ばしていった「ヨシュア・トゥリー」はグラミー賞の
最優秀アルバムにも選ばれ、リリースから1年で500万枚に迫るヒットになった。
感情や空間をサウンドで表現するという命題のもとに制作され、
彼らを世界屈指のロック・バンドとなさしめたこのアルバムは
発表から8年後の1995年に1000万枚のセールスを突破した。
●Father Figure/George Michael
「ヨシュア・トゥリー」の翌年の88年のグラミー賞最優秀アルバムに輝いたのが
ジョージ・マイケルのソロ・デビュー・アルバム「フェイス」。
86年のワム解散後、ジョージ・マイケルはアレサ・フランクリンと共演した
「愛のおとずれ I Knew You Were Waiting (For Me)」、映画「ビヴァリー・ヒルズ・コップ2」に提供した
「アイ・ウォント・ユア・セックス」という2枚のシングルを大ヒットさせ、
順調にソロ活動をスタートさせていた。
87年のクリスマス・シーズン前に満を持して発表されたアルバム「フェイス」は
タイトル・テューンが全米1位を記録したのに続いて88年1月に1位へ到達。
「ダーティ・ダンシング」のサウンドトラック、ティファニーのデビュー・アルバム等と
激しい首位争いを半年にわたって繰り広げ、通算12週間1位を記録した。
「ファーザー・フィギュア」は「フェイス」に続いて全米No.1ヒットになった作品。
●One More Try/George Michael
「フェイス」、「ファーザー・フィギュアと立て続けに全米No.1ヒットを生んだ後も
このアルバムからのNo.1ヒットは続き「ワン・モア・トライ」、「モンキー」と合計4曲の
No.1ヒットを生み出すという驚異的な成功を収め、ジョージ・マイケルはワム時代の
アイドルのイメージから優れた才能を持つアーティストとして認められるようになっていた。
リリースから1年ちょっとを過ぎ、グラミー賞の最優秀アルバムを受賞した頃のセールスは
700万枚にも達し、96年に1000万枚の大台にのった。
「ワン・モア・トライ」はR&Bチャートでも1位を記録したヒット。
【特集】 ロックの殿堂
3月10日にニューヨークで行われるセレモニーで
正式に今年新たに殿堂入りを果たす7組の内、2組を紹介。
●青春の傷あと Hurts So Good/John Cougar
ジョン・メレンキャンプは1951年10月7日インディアナ州シーモア出身。
デイヴイド・ボウイのマネージャーが名付けたジョニー・クーガーという名で
76年にレコード・デビューしたが、なかなか人気に火がつかなかった。
79年にようやく全国的なヒットが出始め、82年のアルバム「アメリカン・フール」の大ヒットで、
スターの仲間入りを果たした。
全米で500万枚以上のセールスを記録したこのアルバムからのファースト・ヒット。
●R.O.C.K. In The U.S.A./John Cougar Mellencamp
「アメリカン・フール」以降の3作も全て全米で300万枚以上のセールスをあげる大ヒット作を出し、
その後も着実にヒット・アルバムを出していった。マイ・ペースで自分の信念を貫き通す妥協しない
音楽活動を現在も継続している。「アメリカン・フール」と並ぶ500万枚のセールスをあげた
85年の大ヒット作「スケアクロウ」からシングル・ヒットしたロックンロール賛歌。
●Suzanne/Leonard Cohen
1934年9月21日カナダのモントリオールに生まれたにリナード・コーエンは
最初は詩人として名をあげ、更に小説家としてもデビュー。
66年にジュディ・コリンズが初めて彼の書いた曲を取り上げたことから、
本格的に音楽活動にも取り組み67年にデビュー・アルバムを発表した。
ここにも収められたのが、彼のミュージシャンへの道を拓いた「スザンヌ」。
●Hallelujah/Leonard Cohen
禅僧という顔も持つレナード・コーエンの作品はその研ぎ澄まされた歌詞の魅力を中心に
高く評価され、多くのアーティスト達にとりあげられ、トリビュート・アルバムも数枚制作されている。
そんな彼の作品の中でも有名なもののひとつが、この84年に発表したアルバム
「哀しみのダンス Various Positions」で発表されたこのナンバー。
【特集】 The Producers (12)〜Rick Rubin C
デフ・ジャムの創立者としても知られる80年代から活躍中の
リック・ルービンのプロデュース作品を紹介するシリーズの4回目。
●Toxicity/System Of A Down
10年前にメジャー・デビューを果たしたロスアンジェルスの4人組ハード・ロック・グループ。
アルメニア系アメリカ人の彼らならではの民族性をとりこんだ独特のサウンドで人気を集め、
4枚のオリジナル・アルバムの内、デビュー作以外は全て全米1位を記録している。
彼らの出世作となり、最も高いセールスをあげている7年前のアルバムのタイトル・テューン。
●Delirious Love/Neil Diamond
60年代にソングライターとして頭角を現した後、シンガー=ソングライター、
トップ・エンターテイナーとして常に活躍を続けているニール・ダイアモンド。
80年代以降も根強い人気はキープしていたものの目立ったヒット・アルバムはなかったが、
3年前にリック・ルービンとの異色の顔合わせが実現すると13年ぶりに
全米アルバム・チャートのトップ5に返り咲いた。
トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのメンバーをはじめ、ビリー・プレストン、
ラリー・ネクテル、ジミー・ハスケルら超一流のヴェテラン・ミュージシャン達をバックに
全曲ニール・ダイアモンドが書いた楽曲で構成されたこの"12 Songs"から。
●Not Ready To Make Nice/Dixie Chicks
ブッシュ政権のイラク政策を批判したことによるバッシングを浴びていた
ディクシー・チックスの復活に貢献したのもリック・ルービンだった。
彼の培った人脈を使って、彼女達のサウンドに新しい血を注ぎ込んだアルバム
「テイキング・ザ・ロング・ウェイ」は去年のグラミー賞で最優秀アルバムを獲得した。
このアルバムからグラミー賞で最優秀レコードに選ばれたナンバー。
●恋の英雄 A Legend In My Time/Johnny Cash
90年代前半にリック・ルービンが自身のアメリカン・レコーズに迎えた
大物アーティストがジョニー・キャッシュ。交流を深めていった二人は
次第に実の親子のような絆で結ばれていった。若い世代のアーティスト達の作品も
積極的にとりあげてアルバムを制作していき、この90年代以降の活動は
ジョニー・キャッシュが再評価される大きな要因にもなっていった。
2年前の「アメリカンX; ア・ハンドレッド・ハイウェイズ」は
そのキャッシュの遺作となった作品。彼はこのアルバムでの37年ぶりの
全米No.1獲得どころか、完成を知ることもなかったが、
最後までアーティストとして天寿を全うした。
リック・ルービンが、聴くのは辛いが、本当に哀しく、美しく心から愛していると語る
このアルバムからレイ・チャールズの「愛さずにはいられない I Can't Stop Loving You」などで
知られるドン・ギブソンが作ったナンバーを取り上げたもの。
【特集】 Thrillerを使いたい
来月話題の25周年記念盤が発売される予定のマイケル・ジャクソンの
世界的なベスト・セラー・アルバム「スリラー」。このアルバムからのヒット曲をカヴァーしたもの、
サンプリングに使ったものを特集。
●今夜もEAT IT Eat It/"Weird Al" Yankovic
パロディを得意とするアル・ヤンコヴィックを一躍、世界的に有名にした84年のヒット。
「今夜はBeat It Beat It」の替え歌。エドワード・ヴァン・ヘイレンのギター・ソロを
ここで代わって演奏するのはこの曲のプロデュースも手がけたリック・デリンジャー。
●不思議なビリー・ジーン Do It Again / Billie Jean/Club House
「スリラー」からのセカンド・ヒットで、全米1位を記録した「ビリー・ジーン」と
スティーリー・ダンのヒット「ドゥ・イット・アゲイン」を混ぜ合わせたのは
イタリアのスタジオ・プロジェクト、クラブ・ハウス。
83年にイギリスでは最高11位、アメリカでもチャート・ヒットになった。
●Right Here / Human Nature/SWV
93年に初ヒットを放ったニューヨークの女性トリオ。
その初ヒット「ライト・ヒア」にノイケル・ジャクソンの「ヒューマン・ネイチャー」を
サンプリングしたニュー・ミックスは全米最高2位を記録する大ヒットになった。
●Good Life/Kanye West feat. T-Pain
今回のグラミー賞で最優秀アルバム賞の有力候補作となっている
サード・アルバム 「グラデュエイション」から現在全米でヒット中のナンバー。
「スリラー」からの6枚目のシングル・ヒット「P.Y.T. (Pretty Young Thing)」をサンプリングとして使っている。
カニエ・ウェストは「スリラー」の25周年記念盤にも参加。「ビリー・ジーン2008」のミックスを手がけている。
【特集】 子年〜Rat 'n Mouse
●地下室のドブねずみ Rats In The Cellar/Aerosmith
ネズミといってもラットと呼ばれるものは大型で、嫌われもの。
不潔、破壊、死、悪、病気などのイメージが強く、
英語表現でも裏切り者、スパイという意味を持つ。
そんなラットもロックには扱いやすい題材。ニューヨークの荒廃した
影の部分をテーマにしたエアロスミスの「地下室のドブねずみ Rats In The Cellar」は
76年の大ヒット作「ロックス」より。
●Rat In Mi Kitchen/UB40
イギリスで多くのヒットを持つUB40の87年のヒット。
ここでもラットはあることないことをいいふらしてまわる
厄介な人物という意味で使われている。
●ネズミのペピーノ Pepino The Italian Mouse/Lou Monte
ラットに対して同じネズミでも欧米に多い小型のマウスは親しみやすい存在。
いたずらもするが、にくめないペピーノというマウスが登場する
62年のヒットを歌うのはイタリア系アメリカ人のルゥ・モンテ。
●ぼくはトッポ・ジージョ Cosa Dici Mai/Topo Gigio
58年イタリアに生まれた身長約25センチ、趣味はチーズを食べることというのが
トッポ・ジージョ。エド・サリヴァン・ショウにも何度も出演したこのネズミの
キャラクターの人形の人気はイタリアにとどまらず世界的なものとなった。
歌も得意とした彼のレコードは1966年に日本でも発売された。
●Mickey Mouse March/Julie London
世界中のネズミの中で最も人気があるのがディズニーの代表的なキャラクター、
ミッキー・マウス。80年前にサイレント・アニメイション映画で初登場してから
子供達に夢と希望を与え続けている。
50年代にアメリカで放映が始まったTV番組ミッキー・マウス・クラブのテーマ曲。
今回は独特のムードを持つ名歌手ジュリー・ロンドンの意外なカヴァーで。
【特集】 ロックの殿堂
3月10日にニューヨークで行われるセレモニーで
正式に今年新たに殿堂入りを果たす7組の内、2組を紹介。
●Walk-Don't Run/The Ventures
シアトルでギター演奏が好きな建設会社の社長ボブ・ボーグルと
社員のドン・ウィルソンが趣味で始めたグループ。
やがてノーキー・エドワーズとハウィー・ジョンソンを加え4人組となると
59年にはドン・ウィルソンの母親が設立したレコード会社からローカル・デビュー。
その2枚目のシングルはドルトンというレコード会社に注目されて契約。
全国発売されると60年に全米最高2位を記録する大ヒットになった。
それが彼らの代表曲としても知られる「ウォーク・ドント・ラン」だった。
●十番街の殺人 Slaughter On Tenth Avenue/The Ventures
1962年にドラマーのハウィー・ジョンソンが交通事故で負傷し、
メル・テイラーにメンバー・チェンジしたもののグループ活動そのものは好調に持続し、
時代の変化に対応しながらも個性的なギター・サウンドで安定した人気をキープし続けた。
60年代半ばには日本でもエレキ・ブームの火付け役となり、
ビートルズを凌ぐほどのレコード・セールスをあげた。
「十番街の殺人 Slaughter On Tenth Avenue」はアメリカで64年にヒット。
日本では65年に大ヒットを記録。
●Glad All Over/Dave Clark Five
1961年にロンドンでドラマーのデイヴ・クラークを中心に結成されたロック・グループ。
最初はヒットに恵まれなかったが、63年にビートルズを旗頭にしたリヴァプール勢が
イギリスのヒット・シーンに台頭すると彼らも64年に初めて大ヒットを出し、
人気グループに名乗りを上げた。その出世作となったのがイギリスで1位、
全米でも6位を記録した「グラッド・オール・オーヴァー」。
●Because/Dave Clark Five
64年のブリティッシュ・インヴェイジョンの追い風に乗って
彼らもアメリカに難なく進出を果たすとR&Bの影響をうけたロックンロールと
メロディアスなサウンドをセールス・ポイントにヒットを連発。
本国にも勝るとも劣らない人気は67年までの4年間で
24曲のチャート・ヒットを残したことからもうかがえる。
64年に全米3位を記録した「ビコーズ」は日本でも彼らの初ヒットになったナンバー。
【特集】 U.S. Radio Hits (26)
全米トップ40ヒットで構成するシリーズ。
第26回は1955年から1959年までのヒットから。
●恋はくせもの Why Do Fools Fall In In Love/
The Teenagers featuring Frankie Lymon
ニューヨークのドゥー・ワップ・グループ。50年半ばから4年ほどしか活躍していないが、
ガール・グループ・サウンド等にも大きな影響を与えるなどの功績をあげたのが認められ、
ロックの殿堂入りも果たしている。56年に全米トップ10入りを果たした彼らの代表ヒット。
●Don't Let Go /Roy Hamilton
「アンチェインド・メロディ」等、バラードを得意とした黒人歌手。
珍しくアップ・テンポの作品を歌い、58年に最高13位をマークした。
●Rock-A-Beatin' Boogie/Bill Haley & His Comets
「ロック・アラウンド・ザ・クロック」の大ヒットを55年に放った
ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツが同じ年にリリースした
「バーン・ザット・キャンドル」のB面に収められていたナンバーでこちらもトップ40ヒットとなった。
●C'mon Everybody/Eddie Cochran
21才の若さで自動車事故で他界したもののロックの殿堂入りも果たしている
オクラホマ出身のロカビリー・スター。59年に放ったこのヒットもロックンロール・クラシックとして有名。
●Sittin' In The Balcony/Johnny Dee
後にソングライターとしてエヴァリー・ブラザーズの「エボニー・アイズ」、
スゥ・トンプソンの「悲しきスクリーン Sad Movies」、 ナッシュヴィル・ティーンズの 「タバコ・ロード」、
レイダーズの「嘆きのインディアン Indian Reservation」等のヒット曲を書く
ジョン・D・ラウダーミルクがジョニー・ディーという名で57年に自ら放ったヒット。
エディ・コクランのカヴァーには及ばなかったが、彼自身の録音もトップ40ヒットになった。
【特集】 おすすめベスト5〜2007 年間トップ10発表
毎週発表しているおすすめベスト5。去年11月から今週までにこのチャートに
登場した曲の総得点を集計して出した年間のトップ10。
10位●Wasted Little DJ's/The View
イギリスから登場し、おすすめベスト5にも今年3曲がランク・インした4人組。
オアシスやザ・ヴァーヴを手がけたオウエン・モリスが手がけ、
イギリスではアルバム・チャートの1位を記録したデビュー作
「ハッツ・オフ・トゥ・ザ・バスカーズ」からのファースト・シングル。
9位●こんなハズじゃなかったラヴ・ソング Love Song/Sarah Bareilles
カリフォルニア出身の25才のシンガー=ソングライター。
デビュー・アルバム「リトル・ヴォイス」から日本に続き、
現在、全米チャートでも急上昇中のナンバー。
8位●Watch Me Walk/Keri Noble
名プロデューサー、アリフ・マーディンの遺作となった「フィアレス」で
3年前にデビューしたテキサス生まれ、デトロイト育ちのシンガー=ソングライター。
来福し、番組にもゲスト出演してくれた彼女のセカンド・アルバム
「レット・ゴー」からのリード・トラック。
7位●Hold On/KT Tunstall
2年前に「アイ・トゥ・ザ・テレスコープ」でアルバム・デビューを果たした
スコットランド出身の32才。セカンド・アルバム「ドラスティック・ファンタスティック」からの
リード・トラックはこの番組でゲストで出演したアレクサンダー・ウィズも絶賛。
6位●Welcome To The Black Parade/My Chemical Romance
ニュー・ジャージー出身の5人組。クイーン、ビートルズ、ピンク・フロイド等の
影響を取り入れて作ったというコンセプト・アルバム「ザ・ブラック・パレード」からのナンバー。
5位●Lips Of An Angel/Hinder
7年前にオクラホマ州で結成された5人組。2年前にリリースされたデビュー・アルバム
「衝動 Extreme Behavior」から全米トップ10ヒットにもなったロック・バラード。
4位●No One/Alicia Keys
現在もおすすめベスト5にランク・イン中。世界中で大ヒット中の「アズ・アイ・アム」より。
3位●Everything〜きみのすべてに恋してる/Michael Buble
カナダ出身の32才。全米アルバム・チャート初制覇も達成した
サード・アルバム「コール・ミー・イレスポンシブル」から彼自身が書いた作品。
2位●Closer/Travis
スコットランド出身の4人組。全てアナログ・レコーディングされた
温かみのあるサウンドと彼らの持ち味の美しいメロディが一体となった4年ぶり
通算5枚目のニュー・アルバム「ザ・ボーイ・ウィズ・ノー・ネーム」からのナンバー。
1位●Tell Me 'Bout It/Joss Stone
ラファエル・サディークをプロデュースに迎えて制作し、
「自分の歌いたいことを歌い、作りたいサウンドが作れた」という
自信作となった「イントロデューシング・ジョス・ストーン」からのファースト・ヒット。
【特集】 Atlantic Records 60th Anniversary(13)
今年で60周年を迎えたアトランティック・レコードが
世に送り出したスターとヒット曲を紹介していくシリーズ。
最終回は1998年から2005年のヒットの中からピック・アップ。
●The Boy Is Mine/Brandy & Monica
94年に15才でリリースしたデビュー・アルバムから3曲の全米トップ10ヒットを放ち、
400万枚を売りあげるという華々しいプロ・キャリアをスタート。
その4年後の98年に発表したセカンド・アルバム「モヴァー・セイ・ネヴァー」からの
ファースト・シングルは1つ年上でほぼ同じ頃から活躍しはじめたモニカと
共演した話題作だったこともあり、13週間連続全米1位という驚異的な大ヒットを記録。
この年、アメリカで最大のヒットとなった。
●What's Luv?/Fat Joe feat. Ashanti
ブロンクス出身のラテン系ラッパー。93年に初ヒットを放った彼にとって
初の全米トップ10入りを果たしたのが2002年の「ホワッツ・ラヴ」。
7週間にわたって最高2位だったが、その1位を阻んだ作品の一つは
皮肉にもこの曲でゲスト参加していたアシャンティの「フーリッシュ」だった。
●Slow Jamz/Twista feat. Kanye West & Jamie Foxx
世界最速ラッパーとしてギネスブックにも認定されていたトゥイスタは
多くのアーティストの作品にゲスト参加し、ヒットに貢献してきた。
その彼自身がメインに立って放った初のビッグ・ヒットが
2004年に全米1位を記録したこのナンバー。
●Youth Of The Nation/P.O.D.
92年にサンディエゴで結成されたミクスチャー・ロック・バンド。
90年代半ばに出来たアトランティックの系列会社のラヴァや
イースト・ウエストからはマッチボックス・トゥエンティ、キッド・ロック、
シュガー・レイらが人気を得る中、伝統のアトランティック・レーベルの
ロックの屋台骨を支えた。2001年に発表し
全米で300万枚を超すセールスをあげたアルバム「サテライト」からのヒット。
【特集】 U.S. Radio Hits (25)
全米トップ40ヒットで構成するシリーズ。
第25回は1981年から1984年までのヒットから。
●What Is Love/Howard Jones
イギリスのサウスサンプトン出身のハワード・ジョーンズ。
「ニュー・ソング」に続くセカンド・ヒット。イギリス、日本ではトップ10ヒットを記録。
アメリカでも84年にトップ40ヒットとなった。
●Under Pressure /Queen & David Bowie
モントルーのレコーディング・スタジオで遭遇したイギリスを代表するトップ・スター同士が
即興で作り上げたというナンバー。イギリスでは81年に1位を記録する大ヒットとなったが、
アメリカでは翌82年に最高29位と豪華な顔合わせの割には地味なヒットに終わっている。
●The Stroke/Billy Squier
70年代から長い下積みを経た後、81年に発表したセカンド・アルバム
「ハード・ライダーの美学 Don't Say No」で一躍ブレイクを果たした
マサチューセッツ州出身のロックンローラー。
ブライアン・メイから紹介されたというクィーンのプロデューサー、
マックと共同プロデュースしたこのアルバムから、
彼にとって初のトップ40ヒットになったナンバー。
●秘密警察 Der Kommissar/After The Fire
イエスに在籍していた事もあるピーター・バンクスらによるイギリスの4人組。
ファルコの作品を英語でカヴァーしたこの曲は
第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの追い風にも乗って
83年にアメリカでトップ5入りする大ヒットになった。
【特集】 Atlantic Records 60th Anniversary(12)
今年で60周年を迎えたアトランティック・レコーズが
世に送り出したスターとヒット曲を紹介していくシリーズ。
第12回は1993年から97年のヒットの中からピック・アップ。
●Plush/Stone Temple Pilots
スコット・ウェイランドをフロントに据えたサンディエゴのハード・ロック・バンド。
93年から8年間の間にリリースした5枚のオリジナル・アルバムは
全て全米トップ10にランクされるほど高い人気を誇った。
中でも93年のデビュー作「コア」は800万枚を超すセールスを
全米のみで記録している。このアルバムからのナンバー。
●Only Wanna Be With You/Hootie & The Blowfish
94年に「クラックド・リア・ヴュー」というアルバムで現れると、
いきなり全米で1600万枚という破格のアルバム・セールスを上げ、
グラミー賞の最優秀新人賞も獲得したウス・カロライナのロック・バンド。
そのデビュー作から生まれた3曲のトップ10ヒットの中で最もヒットしたナンバー。
●ラヴ・オールウェイズ I Love You Always Forever/Donna Lewis
ウェールズ出身のシンガー=ソングライター。
アメリカへ渡ってデモ・テープを売り込んでまわった結果、
アトランティックとの契約にこぎつけた。96年に社会現象的なヒットとなった
ロス・デル・リオの「恋のマカレナ Macarena」を抜けずに
9週間も2位を記録したのがこの唯一のトップ40ヒット。
●I Swear/John Michael Montgomery
92年にデビューしたケナタッキー州出身のカントリー・シンガー。
全米No.1を記録したセカンド・アルバム「キッキン・イット・アップ」から
オール・フォー・ワンと競作になったこのナンバーは
ウェディング・パーティーに欠かせない1曲となった。
●You Were Meant For Me/Jewel
アラスカからやってきた個性的なシンガー=ソングライター。
95年に発表したデビュー・アルバム「心のかけら Pieces Of You」は
2年間にわたってロング・セラーを記録。全米で1200万枚という
驚異的な売り上げを記録した。このアルバムから生まれた彼女の最大のヒット・テューン。
【特集】 Al Kooper
来月12日ビルボード・ライヴ福岡で公演を行うアル・クーパーは
華やかなスポットライトを浴びるタイプのアーティストではないが、
1960年代中期から70年代にわたってロック・シーンの重要な局面に携わり、
ロックの歴史に名を残す存在。
●恋のダイアモンド・リング This Diamond Ring
/Gary Lewis & The Playboys
1944年ニューヨークのブルックリンに生まれたアル・クーパーは
独学でピアノとギターを覚え、1959年に15歳の時にギタリストとして
ロイヤル・ティーンズに加入したのが、プロとしてのキャリアのスタートだった。
その後、ソングライター、セッション・ミュージシャンとして活動。
1964年には彼の作品「恋のダイアモンド・リング This Diamond Ring」が全米1位を記録。
もともとドリフターズに歌ってもらうのを想定して書いたものだったが、
彼らには採用されなかった。しかし、この曲に目をつけた敏腕プロデューサーの
スナッフ・ギャレットがゲイリー・ルイス&プレイボーイズに録音させて大ヒットとなった。
ただアル・クーパー本人はこのレコードの出来には不満だったようで、
後に自分自身で全く違ったアレンジで録音している。
●Like A Rolling Stone/Bob Dylan
65年ボブ・ディランのレコーディング・セッションに参加するチャンスを得た
アル・クーパーはそれまでほとんど演奏した経験のないオルガンを見事にこなし、
フォーク・ロック・ムーヴメントを巻き起こしたボブ・ディランの名曲で印象に残る活躍を果たした。
●アルバートのシャッフル Albert's Shuffle/Al Kooper & Mike Bloomfield
65年から68年にかけてエレクトリック・ブルース・バンドのブルース・プロジェクトに参加。
続いてブラス・ロック・バンド、ブラッド、スウェット&ティアーズを結成。
しかし、いずれもメンバー間の意見の対立が原因でほとんど成果を得ることなく彼は脱退している。
次にアル・クーパーが企画したのはボブ・ディランのセッションで知り合い、
彼が本来のギタリストではなくキーボード・プレイヤーに甘んじるのを認めさせた
凄腕のギタリスト、マイク・ブルームフィールドの本領が
余すところなく発揮されるアルバムの制作だった。
不眠症に悩み、体調が思わしくなかったマイク・ブルームフィールドは
初日のセッションに参加しただけだったが、スティーヴン・スティルスが穴を埋め、
「スーパー・セッション」として完成したアルバムは大ヒットした。
またマイク・ブルームフィールドとのセッションを今度はライヴで実現させた
「フィルモアの奇蹟 The Live Adventures Of Mike Bloomfield and Al Kooper」も
ロック史に名を残す名ライヴ・アルバムとして現在も高い評価を得ている。
「アルバートのシャッフル Albert's Shuffle」は
アル・クーパーが極めつけのマイク・ブルームフィールドと絶賛する
「スーパー・セッション」からのナンバー。
●Sweet Home Alabama/Lynyrd Skynyrd
音楽シーンの変化に敏感だったアル・クーパーが70年代に目をつけたのが
サザン・ロックだった。72年にサウンズ・オヴ・サウスというレーベルを
アトランタに興すとここからレーナード・スキナードを世に送り出した。
アル・クーパーがプロデュースを手がけた74年のセカンド・アルバム
「セカンド・ヘルピング」から生まれた彼らの代表ヒット。
●Jolie/アル・クーパー
69年からソロ・アーティストとしても作品を発表してきたアル・クーパー。
その中で日本の洋楽ファンに愛されているのが72年のアルバム
「赤心の歌 Naked Songs」に収められた「ジョリー」。
アトランタ・リズム・セクションがバックを担当したこの曲で歌われている
ジョリーとは当時彼がつきあっていたというクインシー・ジョーンズの娘のこと。
【特集】 Atlantic Records 60th Anniversary(11)
今月で60周年を迎えたアトランティック・レコードが
世に送り出したスターとヒット曲を紹介していくシリーズ。
第11回は1989年から92年のヒットの中からピック・アップ。
●18 And Life/Skid Row
ジョン・ボン・ジョヴィの幼なじみだったデイヴ・セイボーらにより
ニュージャージーで結成されたハード・ロック・グループ。
いきなり全米で500万枚というビッグ・セールスを記録した
89年のデビュー・アルバムから生まれた全米トップ5入りを果たしたヒット・テューン。
●Black Velvet/Alannah Myles
カナダのトロント出身の35才という遅咲きのロック・シンガー。
アメリカでの初ヒットとなったこのナンバーは90年に全米1位を獲得。
この年のグラミー賞でも最優秀女性ロック歌手賞を獲得した。
●If Wishes Came True/Sweet Sensation
ニューヨークのクラブ・シーンで活動していた女性ヒスパニック・トリオ。
80年代半ばにインディーズからリリースしていた彼女達の曲に注目した
Atlanticが傘下のAtcoに迎え入れ、本格的に売り出していき、
90年に遂にこのバラードで全米制覇を果たすところまで育て上げた。
●Hold On/En Vogue
トーマス・マクエルロイとデンジル・フォスターというソングライター、
プロデューサー・ティームが90年代のシュープリームスを作り出すことを画策し、
オーディションを行って集めた4人によって結成させたグループ。
初ヒットになったこのナンバーは90年に最高2位を記録する大ヒットとなった。
●To Be With You/Mr. Big
サンフランシスコで結成されたハード・ロック・グループ。
本国よりも日本で先に人気グループとなった彼らが、
その実力を本国でも知らしめしたバラード・ヒット。1992年に全米1位を記録。
ケリ・ノーブルをゲストに招いて
●Emily/Keri Noble
●Ooh Oh/Keri Noble
最新アルバム「レット・ゴー」よりケリ・ノーブル自身が選んだおすすめのナンバー2曲。
●Jolene/Ray Lamontagne
ケリ・ノーブルが自分が書きたかった曲として選んだナンバー。
ニュー・ハンプシャー出身のシンガー=ソングライター。
3年前に発表されたデビュー・アルバム「トラブル」より。
【特集】 ロックの殿堂〜Keri Noble 編
●A Case Of You/Joni Mitchell
1943年カナダのアルバータ州生まれ。66年にニューヨークへ出てきて
フォーク・シンガーとして活動を始め、まずソングライターとして認められた後に
レコード・デビューを果たした。1997年に殿堂入り。
彼女のアルバムの中で最も評価の高い71年発表の「ブルー」より。
●過ぎし日のアモリーナ Amoreena/Elton John
アレクサンター・ウィズ、dbクリフォードに続いてゲストが選んだ
ロックの殿堂のコーナーではこれで3回連続の選出。
シングル・ヒットではなく71年発表の「エルトン・ジョン3
"Tumbleweed Connection"」からのマニアックなチョイス
【特集】 再録音
最近リリースされた新譜から再録音を集めて。
●End Of The Road/Boyz UMen feat. Brian McKnight
かつて彼らも在籍したモータウン・レコーズの作品のカヴァーで構成された
新作「モータウン〜ヒッツヴィルUSA」より。92年に13週間も全米1位を記録した
彼ら自身の大ヒットをブライアン・マクナイトをゲストに招いてアカペラで再録音。
●The Game Of Love/Santana featuring Tina Turner
近年のものを中心に40年に近い活動の中からベスト・トラックを集めた
「ヴェリー・ベスト・オヴ・サンタナ」に未発表曲のひとつとして収められたのが
2002年に全米でトップ5ヒットを記録した「ゲーム・オヴ・ラヴ」のィナ・ターナー・ヴァージョン。
ヒットしたのはミシェル・ブランチをフィーチャーしたものだったが、
先にレコーディングしたのはこのティナ・ターナーがヴォーカルを務めたものだったという。
厳密にはミシェル・ブランチ・ヴァージョンが再録音だが、
世に出たのはこちらが後なので今回の特集に組み込んだ。
●Once You Get Started/Chaka Khan feat. Tony Maiden
ジャム&ルイスのプロデュースによる新作「ファンク・ディス」が先月日本発売されたチャカ・カーン。
このアルバムにボーナス・トラックとして収録されたこの曲は
ルーファス・フィーチリング・チャカ・カーンという名義で75年に放った全米トップ10ヒットの再録音。
ルーファスのギタリストトニー・メイデンがゲスト参加している。
●Copacabana/Barry Manilow
50年代、60年代とカヴァー・アルバムを続けて出して成功したバリー・マニロウ。
今年発表した続編の「ザ・グレイティスト・ソングス・オヴ・ザ・セヴンティーズ」もまたまた大ヒットとなった。
先月、日本でも発売されたこのアルバムには他のアーティストのカヴァーに加え、
アコースティック・マニロウとして彼自身のヒット曲の再録音6曲も収められている。
この中から78年にディスコ・ヒットとして人気を集めたナンバーの生まれ変わった姿。
【特集】 U.S. Radio Hits (24)
全米トップ40ヒットで構成するシリーズ。
第24回は1967年から1970年までのヒットから。
●恋はフェニックス By The Time I Get To Phoenix /Glen Campbell
1950年代半ばからキャリアを積み重ね、主にスタジオ・ミュージシャンとして
ロスアンジェルスを拠点に活動。ソロ・アーティストとしての出世作となった67年のこのヒットは
ジミー・ウェブが書いたもの。この後も彼はジミー・ウェブ作品を歌ってヒットさせていった。
●Stand By Your Man/Tammy Wynette
「ザ・ファースト・レディ・オヴ・カントリー・ミュージック」と呼ばれたタミー・ワイネットの代表作。
69年に全米トップ40ヒットを記録。イギリスでも75年になって1位を獲得している。
その後も映画でもよく使われているカントリーの永遠の名作のひとつ。
●Only Love Can Break Your Heart/Neil Young
70年に発表した彼の初期の傑作アルバムのひとつ
「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」から生まれたシングル・ヒット。
●Love Is All Around/The Troggs
映画「メジャー・リーグ」などでもおなじみの「恋はワイルド・シング」のオリジナル・ヒッター。
66年に全米1位を記録した「恋はワイルド・シング」以来、
彼らにとって2曲目の全米トップ10入りを果たした68年のナンバー。
94年にはウェット・ウェット・ウェットがカヴァーしてイギリスでは15週間1位という
記録的な大ヒットにもなった作品。
【特集】 Atlantic Records 60th Anniversary(10)
今月で60周年を迎えたアトランティック・レコードが世に送り出したスターとヒット曲を紹介していくシリーズ。
第10回は1986年から89年のヒットの中からピック・アップ。
●I Can't Wait/Nu Shooz
ジョン・スミスとヴァレリー・デイの夫婦を中心としたグループ。
85年に地元のオレゴン州ポートランドでローカル・ヒットになっていたのに目をつけたアトランティックが契約。
新たに録音をやり直して全国リリースすると86年に全米3位を記録するヒットになった。
●Two Of Hearts/Stacey Q
86年に全米最高3位を記録したアトランティックのダンス・テューン。
日本でもヒットを記録したロスアンジェルス出身のシンガーの初ヒット。
●Wild Wild West/The Escape Club
83年にロンドンで結成された4人組。本国ではヒットが1曲もなかったが、
アトランティックと契約した後にアメリカでは5曲のヒットを放った。
その最大のヒットが88年に全米1位を記録したこの曲。
●Lost In Your Eyes/Debbie Gibson
6才で作曲をはじめ、1987年、16才で初ヒットを放ったニューヨーク出身の天才アイドル。
自らプロデュースも手がけた89年のこのナンバーは彼女にとって2曲目の全米No.1ヒットを記録した。
●愛は翼にのって Wind Beneath My Wings/Bette Midler
1972年にアトランティックからデビュー。グラミー賞最優秀新人に選ばれ、
すぐにスターの仲間入りを果たした。もともと目指していた女優としても舞台や映画で活躍。
エンターテイナーとしての地位を確立していった。
89年の主演映画「フォーエヴァー・フレンズ Beaches」から彼女にとって初の全米No.1ヒットとなり、
この年のグラミー賞で最優秀レコードも獲得したナンバー。
【特集】 ロックの殿堂
今日、Billboard Live福岡で公演を行うAllen Toussaintの特集。
1938年1月14日にNew Orleans生まれた彼は幼い頃から学んだピアノの腕が
Dave Bartholomewに認められて、Fats DominoやSmiley Lewis等の
レコーディング・セッションに参加。やがてアレンジャー、ソングライター、
プロデューサーとしてもその才能を発揮し、New Orleansを代表するアーティストとなった。
パフォーマーとしても作品を発表しているが、ヒット・メーカーとしての活動が高く評価され、
1998年にNon-Performerとして殿堂入りを果たしている。
●いじわるママさん Mother-In-Law/Ernie K-Doe
1961年、当時Minit というレコード会社の制作担当として働いていた
Allen Toussaintが作った初の全米No.1ヒット。ある日、彼が書き散らかしていた
未完成の作品の中から、この曲を見つけ出したのは結婚問題で継母ともめていたという
Ernie K-Doe。彼はAllen Toussaintに頼みこんで、この曲をもらって録音にこぎつけ、
その結果が大ヒットへとつながっていった。
●I Like It Like That/Chris Kenner
「いじわるのママさん」が全米で大ヒットをしている頃に次のAllen Toussaintの手による作品が登場し、
再び大ヒットを記録。同じくNew Orleansd出身のChris Kennerと共作し、
Ernie-K-Doeの時同様にAllen Toussaintがピアノを弾いているこの曲は
惜しくもこの年の最高のヒットとなったBobby Lewisの"Tossin' And Turnin' "を抜けなかったものの
最高2位を記録。更に65年にはDave Clark Fiveがカヴァーして再び全米トップ10ヒットになった。
●Working In The Coalmine/Lee Dorsey
80年代にNew WaveグループのDevoがカヴァー・ヒットさせるなど、
時代を超えて歌い継がれているAllen Toussaint作品のひとつ。
New OrleansのR&Bシンガー、Lee Dorseyが録音し66年に全米最高8位を記録。
● Lady Marmalade/Labelle
New OrleansのBooker T & The MG'sと呼ばれたセッション・ミュージシャンのグループ、
The Meterを使って多くのレコーディングを行ったAllen Toussaint。
70年代に入ってその代表的なものとなったのが、73年にDr. Johnでヒットした
"Right Place, Wrong Time"と75年に全米1位を記録したLaBelleのこのナンバー。
この曲はBob CrewとKenny Nolanが共作し、Eleventh Hourというプロジェクト名で発表したもので、
それに目をつけていたAllen Toussaintがプロデュースを手がけたLaBelleに録音させたものだった。
2001年には映画"Moulin Rouge"のためにChristina Aguilera、Lil' Kim、Mya & Pinkが録音し、
再び全米1位を記録した。
●Southern Nights/Allen Toussaint
75年に発表したパフォーマーとしてのAllen Toussaintのアルバム"Southern Nights"のタイトル・テューン。
2年後の77年にはGlen Campbellがカヴァーして全米1位を記録した。
dbクリフォードをスタジオに招いて。
デビュー・アルバム「リサイクラブル」より彼がチョイスしたオススメのナンバー。
●Simple Things/db clifford
●About A Girl/db clifford
【特集】ロックの殿堂〜db clifford 編
●How Sweet It Is (To Be Loved By You)/James Taylor
1958年から68年にかけてモータウンのソングライター、プロデューサー・ティームとして
多くのヒットに関わったブライアン・ホランド、ラモント・ドジャー、エディ・ホランドのトリオ。
ブライアン・ホランドを除く二人はパフォーマーとしてヒット曲も持っている。
68年にモータウンを離れた後もインヴィクタス/ホット・ワックスというレーベルを興して
ここからもヒット曲を世に送り出していった。1990年にノン・パフォーマーとして殿堂入り。
「ハウ・スウィート・イット・イズ」は65年にマーヴィン・ゲイ、
66年にジュニア・ウォーカー&ジ・オールスターズというモータウンのアーティストでヒット。
今日はdbクリフォードが好きなアーティストとして名前をあげた
ジェイムス・テイラーの75年のカヴァー・ヒットで。
●Goodbye Yellow Brick Road/Elton John
今年で60才を迎えたエルトン・ジョンは1947年イギリスミドルセックス生まれ。
1969年にソロ・デビュー。多くのヒットを放った彼は94年に殿堂入り。
98年にはイギリス王室からナイトの称号もうけている。
「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」は73年に発表した同名アルバムから生まれた大ヒット。
【特集】 Hits In Japan Only (13) 〜 70年代後半の女性歌手ヒット 編
英米のヒット・チャートに全く登場せず、日本独自にヒットした曲を集めての特集。
●Will You Dance?/Janis Ian
日本で先月末にニュー・ベストをはじめ、オリジナル・アルバムの中から
人気作の4枚が紙ジャケットとして復刻発売されたジャニス・イアンは
TVドラマや映画主題歌など日本独自のヒットが多いニューヨーク出身の
シンガー=ソングライター。今回の紙ジャケット復刻の1枚にも選ばれた77年の
「奇跡の街」に収められていたこのナンバーも日本のTVドラマに使われて大ヒットを記録した。
●Hello, Mr. Sunshine/Tanya Tucker
72年に14才にしてアメリカでは初ヒットを放ったカントリー・シンガー。
76年に日本で初めて放ったこのヒットはコーヒーのコマーシャル・ソングだった。
翌、77年にも彼女は「アラスカ・ロックの風が吹く」というコマーシャル・ソングを歌って
日本でヒットさせた。
●Jolene/Olivia Newton-John
70年代に日本ではアイドル的な人気を誇り、次々にヒットを放ったオリヴィア・ニュートン・ジョン。
その中でも最大のヒットとなったナンバーは日本だけのヒットだった。
74年にドリー・パートンが作り、アメリカでヒットさせたものをカヴァー。
日本で76年に8週間1位を記録した。
●あなたしか見えない Don't Cry Out Loud/Rita Coolidge
ピーター・アレンとキャロル・ベイヤー・セイガーが作り、
メリサ・マンチェスターが歌って79年に全米トップ10ヒットにしたナンバー。
同じ年に日本ではメリサ・マンチェスター盤ではなく、
リタ・クーリッジがレコーディングした方が人気を集めた。
●もう森へなんか行かない Ma Jeunesse Fout Le Camp/Francoise Hardy
これも日本のTVドラマに使われて話題となり、ヒットを記録したナンバー。
60年代初期からフレンチ・ポップ・シンガー、女優、モデルなど幅広く活躍していた
フランソワーズ・アルディの6年ぶりの日本でのヒットは、
73年の「さよならを教えて」のB面に収められていた楽曲だった。
【特集】 U.S. Radio Hits (23)
全米トップ40ヒットで構成するシリーズ。
第23回は1987年から1990年までのヒットから。
●Voices Of Babylon /The Outfield
ロンドンで結成された3人組。80年代半ばから90年代前半にヒットを放ったが、
本国イギリスでは1曲もチャート・ヒットを出せなかった。
89年のこのナンバーは彼らにとって通算4曲目のアメリカでのトップ40ヒットになった作品。
●Electric Blue/Icehouse
80年に結成されたオーストラリアのグループ。アメリカでなかなかブレイクできなかったが、
同じオーストラリアのインエクセスの活躍もあって注目を浴びたのか、
87年発表のアルバム「マン・オヴ・カラーズ」から2曲のトップ40ヒットを放った。
このアルバムから88年に全米トップ10ヒットになったこのナンバーは
ジョン・オーツがソングライトとバック・ヴォーカルでサポートしている。
●Lessons In Love/Level 42
マンチェスターで結成されたレヴェル42は80年代初期からイギリスでは
コンスタントにヒットを放ってきたグループ。全米マーケット進出には苦労したが、
86年〜87年にかけて4曲のヒットを残した。その一つが本国でも彼らの最大のヒットを記録した
このナンバー。87年にアメリカでも通算2曲目のトップ40入りを果たした。
●Gettin' Away With It/Electronic
ニュー・オーダーのヴォーカリスト兼ギタリストのバーナード・サムナーと
元スミスののカリスマ・ギタリスト、ジョニー・マーによるプロジェクト・グループ。
ペット・ショップ・ボーイズのニール・テナントをゲストに迎えたこのナンバーは
本国イギリスでは89年にスマッシュ・ヒットを記録。アメリカでも90年にトップ40入りした。
【特集】 Atlantic Records 60th Anniversary(9)
1947年10月に設立されたアトランティック・レコード。
今年で60周年を迎えるアトランティック・レコードが世に送り出したスターと
ヒット曲を紹介していくシリーズ。第9回は1978年から85年のヒットの中からピック・アップ。
●おしゃれフリーク Le Freak/Chic
ナイル・ロジャース。バーナード・エドワーズ、トニー・トンプソンを中心としたシックは
70年代後半ディスコ・ブームの中、独特のサウンドで、アトランティックを代表するディスコ・グループとして活躍。
その最大のヒットが78年に全米1位を記録したこのナンバー。
●Gloria/Laura Branigan
豊かな声量と表現力を持ったニューヨーク出身のローラ・ブラニガンは
80年代のアトランティックを代表する女性シンガー。「グロリア」は彼女の出世作となった82年の大ヒット。
●狂った夜 You Shook Me All Night Long/ AC/DC
60年代後半からロック・レーベルとしても業界屈指の存在になっていたアトランティック。
70年代から活動していたオーストラリアのハード・ロック・グループ、
AC/DCもそのアトランティックの歴史に大きな足跡を残すことになったグループの一つ。
80年に発表した「バック・イン・ブラック」は現在までアメリカのみで2100万枚のセールスを記録。
アトランティックにとってこれはレッド・ツェッペリンの「W」に続く
全米での2番目にセールスの高いアルバムとなっている。このアルバムから生まれたシングル・ヒット。
●ロンリー・ハート Owner Of A Lonely Heart/Yes
イギリスでは別の会社から発売され、アメリカではアトランティックと契約しているという
アーティストも少なくないが、このイエスは例外的な存在。何度も解散や分裂の危機を乗り越えながら
60年代後半からずっと在籍し続けたヴェテラン・グループが、系列のアトコへ移籍して
発表した83年のアルバム「ロンリー・ハート "90125"」から生まれた大ヒット。
●アイ・ウォナ・ノウ I Want To Know What Love Is/Foreigner
実績のあったミュージシャン達を中心に結成され、70年代後半から
アトランティックのトップ・グループの一つとしてヒットを放ち続けてきた実力派。
初ヒットから8年後の85年、いつも惜しいところで逃していた全米No.1を初めて達成したナンバー。
【特集】 かつてFMラジオでよく耳にしたサウンド〜FUSION (3)
70年代から80年代にFMラジオからよく流れていたフュージョン・ナンバーを紹介する特集の第3回。
●Birdland/Weather Report
今週11日に75才で永眠したキーボード・ブレイヤー、ジョー・ザヴィヌルと
サックス奏者、ウェイン・ショーターを中心に70年に結成。
76年からは天才ベーシスト、ジャコ・パストリアスも加入し、黄金時代を築いた。
77年に発表した最大のヒット作「ヘヴィ・ウェザー」に収められた彼らの代表曲。
●Captain Fingers/Lee Ritenour
ロス・アンジェルス出身のフュージョン界の人気ギタリストで、
キャプテン・フィンガーズと呼ばれていた。そのニック・ネームをタイトルにした
77年のアルバム「キャプテン・フィンガーズ」からのタイトル・テューン。
●Room 335/Larry Carlton
リー・リトナーと人気を二分した人気ギタリスト。
71年から76年にかけてはクルセイダーズのメンバーとして活躍。
スティーリー・ダンなどのレコーディング・セッションで、
ロック・ファンにも存在を知られていた彼が78年に発表した初のソロ・アルバム
「夜の彷徨(さまよい) Larry Carlton」から彼の愛用するギターと
ホーム・スタジオの名前をタイトルにした代表作。
アレキサンダー・ウィズ 飛び入り[生]ゲスト
【特集】 Diamonds Collection (10)
全米で1000万枚以上のセールスを記録したアルバム=Diamond diskを紹介するシリーズ。
●New Kid In Town/Eagles
75年にオリジナル・メンバーのバーニー・レドンが去り、代わってドン・フェルダー、
ジョー・ウォルシュが加入。初期のカントリー・ロックからよりロック色を強める姿勢を
推し進めていったイーグルス。76年に発表した「グレイティスト・ヒッツ」は
新曲が1曲も含まれていなかったものの全米1位を記録。このアルバムがロングセラーを続ける中、
76年のクリスマス・シーズンにむけてリリースされたのが新ラインナップとなって初めてのアルバム
「ホテル・カリフォルニア」だった。76年末に全米アルバム・チャートに登場すると
年明けにはあっさりと1位を獲得。その後も上位にランク・インを続けて合計8週間No.1になった。
アルバムからのファースト・シングルで1位を記録した「ニュー・キッド・イン・タウン」は
彼らと親交の深かったJ.D.サウザーを中心にドン・ヘンリーとグレン・フライが共作したナンバー。
●The Last Resort/Eagles
8ヶ月の時間をかけて制作された「ホテル・カリフォルニア」はちょうど建国200年を迎えた
アメリカのフロンティア精神の喪失の現実と良きアメリカへの郷愁を主題とし、
それにロックの現状も重ね合わせて投影した作品ということで、
娯楽作品という枠を超越した高い評価をうけ、ロック史に名を残す金字塔の一つとなり、
現在もセールスを伸ばし続け、そのアメリカでの売上は1600万枚を突破している。
アルバムの最後に収められた「ラスト・リゾート」は人間の欲望を満たすために
開拓時代から続けられてきた自然破壊に対する警鐘を鳴らした曲で、
最終的に完成するまでにアルバムの制作期間とほぼ同じ7ヶ月間を要したという大作。
●Go Your Own Way/Fleetwood Mac
「ホテル・カリフォルニア」とほぼ同時期にヒットし、アメリカではそれをを凌ぐセールスをあげたのが
フリートウッド・マックの「噂」。イーグルスと同様に彼らも75年にメンバー・チェンジを行い、
デュオとして活動していたスティーヴィー・ニックスとリンジー・バッキンガムを加え、
それまでのブルースに根ざしたサウンドから大変身を果たしていた。
75年に発表した「ファンタスティック・マック Fleetwood Mac」は翌76年に
全米アルバム・チャートで1位を記録。トップ・グループの仲間入りを果たした彼らは
続くアルバムの制作にとりかかったが、スティーヴィー・ニックスとリンジー・バッキンガム、
ジョン・マクヴィーとクリスティン・マクヴィーというバンド内の2組のカップルは共に破局し、
ミック・フリートウッドも離婚するという状況で、メンバー間の人間関係は
複雑で葛藤に満ちたものだった。バンドの3人のリード・シンガー兼ソングライターが
持ち寄った作品は赤裸々にその当時の心情が浮き彫りになったものだった。
アルバムからのファースト・ヒットになった「オウン・ウェイ」はまさにリンジー・バッキンガムが
スティーヴィー・ニックスに告げた別れの言葉ととれるような内容の歌だった。
●Dreams/Fleetwood Mac
「オウン・ウェイ」と対をなす希望にあふれた作品と作者のスティーヴィー・ニックスが語る
アルバムからのセカンド・ヒットは全米No.1を記録。アルバムのセールス・アップに大きく貢献を果たした。
史上3位タイの31週間の全米1位滞在記録、グラミー賞でも「ホテル・カリフォルニア」を抑えて
最優秀アルバムに選ばれたこのアルバムの全米のみでの売上は1900万枚で現在史上9位タイ。
難しい状況下もあって進捗が遅れたアルバム制作には18ヶ月間という長い時間と多額の費用がかけられた。
にもかかわらず、彼らはこの作品がこんなに大ヒットになるというのは全く予想外だったという。
【特集】 U.S. Radio Hits (22)
全米トップ40ヒットで構成するシリーズ。
第22回は1996年から1999年までのヒットから。
●Spice Up Your Life /Spice Girls
イギリスから登場し、アイドル・グループとして次々とヒットを出して活躍した5人組ガール・グループ。
本国では通算5曲連続で1位を獲得したこのナンバーはアメリカでも4曲連続での
トップ20ヒットを97年に記録した。
●Stupid Girl/Garbage
ニルヴァーナやスマッシング・パンプキンズ等を手がけた敏腕プロデューサー、
ブッチ・ヴィグを中心に94年に結成。クラッシュのヒット「トレイン・イン・ヴェイン」を使った
このナンバーは96年に彼らにとって初の全米トップ40ヒットになった。
●ホワット・ユー・ギヴ You Get What You Give/New Radicals
80年代後半にメジャー・デビューしたミシガン州出身のロック・アーティスト、
グレッグ・アレグザンダーによるソロ・プロジェクト。通算4枚目のアルバム
「ブレインウォッシュ Maybe You've Been Brainwashed Too」から生まれた彼にとって初のシングル・ヒット。
●ザ・ウェイ〜哀愁のフリーウェイ The Way/ Fastball
テキサス州オースティンの3人組。異国情緒漂うこの初ヒットは日本でも好評をあつめ、
98年にヒットした。アメリカではシングル・リリースされなかったが、
エア・プレイ・チャートでトップ5入りを果たした。
【特集】 Atlantic Records 60th Anniversary(8)
今年で60周年を迎える。アトランティック・レコードが世に送り出したスターとヒット曲を紹介していくシリーズ。
第8回は1974年から76年のヒット。
●愛のめぐり逢い Then Came You/Dionne Warwick & The Spinners
スピナーズのプロデューサーのトム・ベルの依頼で実現した豪華な共演シングル。
多くのヒットを持つこの2組だが、どちらにとってこの曲が初の全米No.1獲得作品となった。
●Sideshow/Blue Magic
フィラディルフィアのソフト・ヴォーカル・グループ。
74年にR&Bチャートで1位を獲得したこのナンバーが彼らの最大のヒット。
●愛の香り Love Won't Let Me Wait/Major Harris
1960年代前半からジャーメルズやデルフォニックス等で活動してきたヴァージニア出身のソウル・シンガー。
ブルー・マジック同様に大ヒットは75年に放ったこの1曲だけだが、
どちらも70年代のソウル・クラシックとして今も人気のある作品。
●追憶のメロディ She's Gone/Daryl Hall & John Oates
トップ・デュオとして活躍した彼らの初ヒットもアトランティック・レコードからだった。
アリフ・マーディンがプロデュースを担当したこのナンバーは74年に小ヒット。
レコード会社を移籍した後、彼らが注目を浴びたことで、76年に再ヒットを記録し、広く知られる作品となった。
●You Are The Woman/Firefall
コロラドで結成された5人組。爽やかでメロウなサウンドを持ち味に80年代前半までアメリカでヒットを放ち続けた。
その最大のヒットになったのがこの76年のナンバー。
【特集】 Elvis Presley's 30th Memorial
1977年8月16日に42才で永眠したエルヴィス・プレスリー。その晩年の70年代の録音から。
●Burning Love/Elvis Presley
67年にプリシラと結婚。68年には娘リサ・マリーも誕生。
しかし、幸せは続かず72年には夫婦は別居状態になっていた。
皮肉にもそんな折りに生まれたのが、70年代のエルヴィス・プレスリー最大のヒットだった。
通算38曲目の全米トップ10ヒットで、72年に全米最高2位を記録。
日本では生前最後のシングル・ヒットになった。
●See See Rider/Elvis Presley
68年に8年ぶりにライヴ・コンサートを行うと、ここから精力的にライヴ活動を開始し、
77年6月までに1100回以上の公演をこなした。そのハイライトでもあり、
70年代に最も彼が世界的に注目を集めたのが、73年1月14日に
ハワイのホノルルで行われたライヴ・コンサートだった。
「アロハ・フロム・ハワイ」と銘打たれたこのステージは世界36カ国で衛星放送され、
15憶もの人々がの中継を見たという。すぐにレコード化されたこのライヴ・アルバムは
全米No.1を記録する大ヒットとなった。このショウのオープニングを飾ったナンバー。
●約束の地 Promised Land/Elvis Presley
74年にシングル・リリースされ最高14位。生前最も全米トップ10に迫った最後の曲となった
この作品は彼と同様にロックのパイオニアの一人として活動を続けてきた
チャック・ベリーが65年にヒットさせたもののカヴァーだった。
●Way Down/Elvis Presley
76年10月29日から31日にかけてメンフィスのグレイスランドに於いて
最後のレコーディング・セッションが行われ、ここで4曲が録音された。
その中の1曲が生前最後のシングルとなったこの曲だった。
●My Way/Elvis Presley
77年6月26日にインディアナポリス公演が彼の最後のライヴとなった。
その模様を収めた「エルヴィス・イン・コンサート」は10月に全米でTV放映された。
そして、この遺作となったライヴ・アルバムからこの曲が追悼ヒットとなった。
【特集】 かつてFMラジオでよく耳にしたサウンド〜FUSION (2)
70年代から80年代にFMラジオからよく流れていたフュージョン・ナンバーを紹介する特集の第2回。
●Breezin'/George Benson
名ギタリスト、ウェス・モンゴメリーに影響を受けたジョージ・ベンソンは8才からギターをはじめ、
11才でレコード・デビュー。60年代初期からプロとして活動。ジャズ界では人気ギタリストとして知られていた彼が、
一般の音楽ファンに広くその名を轟かせたのが、76年にトミー・リピューマのプロデュースのもとに
制作したアルバム「ブリージン」によって。ソフト&メロウのキーワードのもとに
AORが注目を浴びはじめた音楽シーンにマッチしたサウンドを提示したこのアルバムは
全米アルバム・チャートで1位を記録する大ヒットになった。
このアルバムからシングル・ヒットにもなったタイトル・テューン。
●Morning Dance/Spyro Gyra
爽やかなサウンドで人気を集めたスパイロ・ジャイラはサックス・プレイヤーの
ジェイ・ベッケンスタインを中心にニューヨーク州バッファローで77年に結成された。
この曲は79年にアメリカのアダルト・コンテンポラリー・チャートで1位を記録した彼らの代表作。
●Mountain Dance/Dave Grusin
キーボード・プレイヤーとしてだけでなく、プロデューサー、映画音楽の作曲家としても才能を発揮した
デイヴ・グルーシンは洒落た都会的なセンスのサウンドを得意とするアーティスト。
60年代にアンディ・ウィリアムスのバック・バンドで一緒に活動していたラリー・ローゼンと共に
78年にはジャズ/フュージョンの人気レーベルの一つとなるGRPレコードも設立している。
この曲はは81年発表の同名アルバムのタイトル・テューン。84年にロバート・デニーロ、
メリル・ストリープが共演した映画「恋におちて」の主題歌にも使われた。
●Rise/Herb Alpert
デイヴ・グルーシン同様にレコード会社のオーナー、プロデューサー、ソングライターとしても活躍した
ハーブ・アルパートは60年代にティファナ・ブラスを率いてヒットを連発した。
70年代に入ってアーティストとしての活動が停滞していた彼だったが、
時代に合わせたサウンドにチャレンジするようにと甥の勧めに従って作った
この1979年の「ライズ」で11年ぶりに全米No.1を獲得。
その後もヒット作を次々と発表し、見事に再びアーティストとして新しいキャリアを築いた。
【特集】 アレクサンダー・ウィズを迎えて
●Everything Is Tonight/Aleksander With
●Minor Setback/Aleksander With
先月、日本発売されたデビュー・アルバム「カミング・ホーム」より。彼自身のピック・アップ・トラック。
【特集】 ロックの殿堂〜アレクサンダー・ウィズ 編
●Dirty Diana/Michael Jackson
1958年インディアナ州出身。1997年にジャクソン5の一員としてまず殿堂入りし、
2001年にソロ・アーティストとしても殿堂入りを果たした。
「ダーティ・ダイアナ」は88年に全米1位を記録したナンバー。
●Rocket Man/Elton John
1947年イギリス、ミドルセックス生まれ。1969年にソロ・デビュー。
翌70年から2000年まで31年間にわたって毎年欠かさず
全米チャートにヒット曲を送り込む偉業も達成している。94年に殿堂入り。
「ロケット・マン」は彼にとって初の全米No.1アルバムとなった72年の「ホンキー・シャトウ」からのヒット。
【特集】 U.S. Radio Hits (21)
全米トップ40ヒットで構成するシリーズ。
第21回は1963年から1966年までのヒットから。
●Wonderful Summer/Robin Ward
ハワイ生まれのロビン・ワードは主にセッション・シンガーとして活動していたアーティスト。
彼女にとって唯一のヒットになったこの63年のヒットも最初はデモ・テープ制作のため
ペリー・ボトキン・ジュニアから録音を依頼されたものだったという。
●Caroline, No/ Brian Wilson
ロック史に残る名盤と高い評価を浴びているビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」に
収録されているナンバーだが、アルバム・リリース前にブライアン・ウィルソンのソロ名義で
シングル・リリースされて全米トップ40ヒットになった。
●Summer Nights/Marianne Faithfull
女優としても活躍し、ミック・ジャガーと浮き名も流したことでも知られるロンドン出身のアーティスト。
彼女にとってアメリカで通算4曲目のトップ40ヒットになった65年のこの曲は
彼女を見出してデビューさせたローリング・ストーンズのマネージャー、
アンドリュー・オールダムがプロデュースを手がけている。
●A Summer Song/Chad & Jeremy
ロンドン出身のチャド・ステュワートとジェレミー・クライドによるポップ・デュオ。
60年代半ばにアメリカでも11曲のヒットを放って活躍した。その最大のものが、
64年にトップ10ヒットになったこのナンバー。
【特集】 Atlantic Records 60th Anniversary(7)
今年で60周年を迎えるアトランティック・レコードが世に送り出したスターとヒット曲を紹介していくシリーズ。
第7回は1970年から73年のヒット。
●Ride Captain Ride/Blues Image
フロリダ州タンパでハイスクールの仲間を中心に結成された5人組。
セカンド・アルバム「オープン」からのこのナンバーが彼らの唯一のトップ40ヒット。
37年前の今頃に全米最高4位を記録。
●愛への讃歌 Love The One You're With/Stephen Stills
このシリーズでも既にバッファロー・スプリングフィールド、
クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングとして紹介したスティーヴン・スティルスが
ソロとして70年に放ったヒット。リタ・クーリッジ、デイヴィド・クロスビー、グラハム・ナッシュ、
ジョン・セバスチャンらがバック・コーラスで参加したこの曲は全米最高位は14位どまりだったが、
その後も多くのアーティストにカヴァーされ、時代を超えて今も愛され続けている。
●ライオンはねている The Lion Sleeps Tonight/Robert John
1958年、12才の時にボビー・ペドリック・ジュニアという名で初ヒットを放ったロバート・ジョン。
それから14年の歳月を経て、ようやく全米でトップ40入りする大ヒットが生まれた。
トーケンズのレコードで61年に全米1位を記録したことでも知られる
南アフリカの民謡をとりあげたもので、全米最高3位を記録。
●やさしく歌って Killing Me Softly With His Song /Roberta Flack
ジャズ・ピアニストモレス・マッキャンに見出されて69年にレコード・デビュー。
70年代のアトランティックの看板スターとして大活躍したのがロバータ・フラック。
73年に彼女にとって2曲目の全米1位を記録したこのナンバーで
2年連続でグラミー賞の最優秀レコードを獲得した。
●Right Place Wrong Time/Dr. John
魔術師のような風貌でもアピールしたドクター・ジョンはニュー・オーリンズ出身のスワンプ・ロッカー。
商業的にはあまり成功を収めていないものの70年代初期の彼の作品は評論家などからは高く評価されている。
ミーターズをバックにニュー・オーリンズ・サウンドを聴かせた73年のこのナンバーは
全米トップ10入りし、彼の代表ヒットになった。
【特集】 かつてFMラジオでよく耳にしたサウンド〜FUSION (1)
70年代にロックやソウルとジャズが融合して生まれたのが、
ライト感覚のフュージョンと呼ばれるジャンルの音楽。
卓越したテクニックを持ったミュージシャン達によるハイ・クォリティの演奏でありながら、
スマートで都会的で耳になじみやすい心地良いサウンドは日本でも同じ頃に普及し始めた
FM放送には欠かせないもので、折からのAORブームとともに人気を集め、一つの時代を築いた。
最近では言葉として目や耳にすることが少なくなったフュージョンだが、
優れた作品はBGMなどに使われ、現在も楽曲としての輝きを持ち続けている。
70年代から80年代にFMラジオからよく流れていたフュージョン・ナンバーを数回に分けて紹介。
●いとしの貴方 My Sweetness/Stuff
リチャード・ティー、ゴードン・エドワーズ、ネル・デュプリー、エリック・ゲイル、
クリストファー・パーカー、スティーヴ・ガッドというニューヨークをベースに活動した
超一流のセッション・ミュージシャン達によって結成されたグループ。76年のファースト・アルバムより。
●Feels So Good/Chuck Mangione
フリューゲルホーンを駆使した澄みきった爽やかなサウンドをセールス・ポイントに
活躍したチャック・マンジョーネが放った大ヒット。78年に全米ヒット・チャートでトップ5入り、
アダルト・コンテンポラリー・チャートでは1位を獲得した。
●Captain Caribe/Earl Klugh
フュージョン界の人気ギタリストの一人として必ず名前の挙がる
デトロイト出身のアール・クルーはチェト・アトキンス、ジョージ・ベンソン、ローリンド・アルメイドといった
カントリー、ジャズ、スパニッシュとそれぞれタイプの違うギタリストの影響をうけながら
独自のスタイルを作り出していった。彼の才能を高く評価したデイヴ・グルーシンが
プロデュースやアレンジ、演奏でバック・アップした76年発表のセカンド・アルバムより。
●Snowbird Fantasy/Bob James
アール・クルーとのコラボレイションでアルバムを3枚作っているボブ・ジェイムスは
クインシー・ジョーンズの優秀な門下生の一人。70年代半ばに自らのリーダー作を発表しはじめ、
70年代後半から80年代初期には日本でも高い人気を誇った。
80年に発表した単独名義では8枚目にあたることから"H"とタイトルされたアルバムから
彼の代表曲の一つとして知られるナンバー。
【特集】 ソング・ライターの殿堂(6)
ソングライターの殿堂入りを果たしたソングライターとその代表作を紹介。
今回は先月トリビュート・アルバムがリリースされたジョニ・ミッチェル。
1943年カナダのアルバータ州出身。絵画、音楽、詩作に才能を発揮しながら少女時代を過ごし、
ボブ・ディランに影響され美術大学を中退してフォーク歌手になった。
66年にニューヨークへと移り、フォークの聖地グリニッジ・ヴィレッジで活動をはじめた頃に
ソングライターとしての実力が認められ、彼女の作品がスター達にとりあげられるようになっていった。
68年にシンガー=ソングライターとしてレコード・デビュー。フォークから次第にジャズに傾倒しつつ、
時代に左右されない独自の音楽性を築きあげていった。
97年にソングライターの殿堂とロックの殿堂のメンバーに同時に迎えられている。
●Woodstock/Joni Mitchell
クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングがとりあげて70年にヒットしたナンバー。
ジョニ・ミッチェルの代表作の一つとして知られるこの作品は
69年のウッドストック・フェスティヴァルをテーマにしたもので、
このイヴェントに参加した友人の話やテレビ中継をもとに書き上げたという。
本人の録音は70年発表のサード・アルバム「レディーズ・オヴ・ザ・キャニオン」に収録。
●青春の光と影 Both Sides, Now/Clannad and Paul Young
ジュディ・コリンズがとりあげて68年に大ヒットしたジョニ・ミッチェルの出世作。
彼女自身は69年のセカンド・アルバム「青春の光と影 Clouds」の中で発表した。
91年にイギリスでシングル・ヒットしたクラナドとポール・ヤングによるカヴァー。
●Big Yellow Taxi/Counting Crows featuring Vanessa Carlton
クラナドのモイア・ブレナンやエイミー・グラントら多くのアーティストにとれあげられている
公害問題に警鐘を鳴らした70年の作品。この曲をジョニ・ミッチェルが録音した時点では
まだ生まれていなかった世代のアーティスト達によるカヴァーは4年前にアメリカでヒットした。
●Help Me/k.d. Lang
ジョニ・ミッチェルにとって自身の演奏で最もヒットした74年のナンバー。
同じカナダのアルバータ州出身で、3年前のカヴァー・アルバム
「ヒムズ・オヴ・ザ・フォーティナインス・パラレル」 でもジョニ・ミッチェル作品を2曲
とりあげていたk.d. ラングのカヴァーは先月末に日本発売された「トリビュート・トゥ・ジョニ・ミッチェル」より。
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